式の時間が近づいてきて、セバスチャンとシエルは同じ馬車に乗り込み、教会へと
向かう。
シエルはセバスチャンの手によって、胸元の少しあいた純白のウェディングドレス
を着せてもらい、普段はほとんどしない化粧をしているせいか少し大人っぽく見え
る。
ブルネットの長い髪は、上でまとめられ、プラチナのティアラにはブルーサファイ
ヤとダイヤが散りばめられ、キラキラと輝いている。
シエルの向かいの席に座ったセバスチャンは、美しいシエルを満足げに見つめてい
た。
白いレースのヴェールが顔にかかっているので、今、どんな表情をしているのかう
かがい知ることは出来ない。
白い手袋に覆われた手が、膝の上で微かに震えていることにセバスチャンは気がつ
いた。
「大丈夫ですか、シエル?」
震えている手に優しく触れると、シエルの身体がびくっと大きく反応する。
「・・・不安になってきたの・・・」
ヴェールごしの顔は心なしか、いつも以上に白く、血の気がないように見える。
「失礼します」
シエルの横に座ると、白いヴェールを上げ、顔を見るとやはり血の気が引いている。
淡いピンクの口紅を塗った唇を軽く噛みしめ、何かに耐えているようだった。
「どうしたのですか、シエル?」
セバスチャンは、何もないように優しく語りかける。
「・・・この幸せがいつまで続くのか考えたら、不安になったの。またおとうさま
とおかあさまのように急に、セバスチャンを失ってしまったら・・・」
うつむいていたシエルが顔を上げると、青と紫のオッドアイの瞳に涙を浮かべてい
た。
「・・・シエル・・・」
愛する者を失う辛さを知っているから、幸せな時間が急に奪われてしまう怖さを知
っているからこその不安なのだろう。
セバスチャンはシエルの細い肩を抱き寄せた。
「そんなに心配しなくてもいいように、私がシエルを幸せにしますよ」
「・・・私と一緒にいることで、セバスチャンがつらい目に遭ってしまったら、ど
うしたらいいの?」
セバスチャンは胸元からハンカチを取り出し、シエルの大きな瞳に浮かんでいる涙
をふく。
「・・・私はそんなにやわではないですよ。それに、私は私なりに覚悟をして、シ
エルと結婚をするのです。私を信じてくれないのですか?」
「信じているわ。でも、不安なの」
セバスチャンを見つめるシエルの瞳は真剣だった。
「確かに絶対に大丈夫といえない状況になることもあるでしょう。それは、シエル
自身も覚悟して女王の番犬になったのではないのですか?」
「私はそういう運命だもの。それ以外の選択肢はなかった。だから、いつ何が遭っ
てもいいように覚悟はしているわ。でも、セバスチャンは違う。他の人生を選ぶこ
ともできるのよ」
セバスチャンは白絹の手袋をはずし、白いシエルの頬に触れると、いつもは温かい
頬が冷たいことに驚いたが、そのままやさしくなでる。
「いいえ、私の人生はすでにシエルと共にあるのです。他の人生など考えられませ
ん」
「・・・・・」
「愛しています、シエル。何が起こっても後悔をしないように、今、この時を大切
に過ごしていきましょう」
シエルはセバスチャンの手に自分の手を重ね、青と紫のオッドアイの大きな瞳を閉
じると一粒の涙が頬を伝った。
「ありがとう、セバスチャン。今だけだから。教会に着いたら、ちゃんと笑うから」
「はい。シエル」
シエルの頬の涙をすくい取り、頬にキスを贈る。
「キスして、セバスチャン」
「口紅が落ちてしまいますよ」
セバスチャンはシエルの細い身体を抱きしめ、やわらかい唇に自分の唇を重ねる。
微かに強張っていたシエルの身体は安心したように、力が抜けていくのがわかった。
唇を離すと、シエルはセバスチャンを見つめ、口元に笑みを浮かべる。
「口紅がついてしまったわ」
セバスチャンの持っていたハンカチで口紅をとろうとして、手を伸ばしたが、一瞬
間があいて、セバスチャンの薄い唇に自分の唇を重ね、セバスチャンの耳元で甘く
囁く。
「愛しているわ、セバスチャン。この先もずっと私のそばにいてね」
「もちろん。死が二人を別つ時まで・・・」
シエルはセバスチャンの口紅を落とすと、照れたようにはにかんだ。
馬車がゆっくりと速度を落とし、止まった。
「ついたようですね」
セバスチャンがシエルのヴェールを下ろすと、失礼しますとタナカの声がして、馬
車の扉が開かれた。
教会の中にはシエルとセバスチャンの親族や親しい者達が笑顔で、二人が入ってく
るのを待っていた。
セバスチャンが先に降りると、シエルに手を貸し、馬車から降ろそうとすると、ま
ぶしい日差しにシエルは一瞬とまどったようだったが、すぐにセバスチャンの手を
握ると馬車からゆっくりと降りた。
セバスチャンはシエルをタナカのそばまで連れて行くと、自分は別の扉から教会に
はいり、ヴァージンロードの途中まで歩きだした。
「よろしいですか、お嬢様」
タナカに声をかけられ、シエルは決心をしたようにうなずくと、タナカの腕に手を
ゆっくり伸ばした。
パイプオルガンの響く教会の中をタナカと一緒に一歩ずつゆっくり歩いて行く。
シエルのウェディングドレス姿を見て、参列者から感嘆の声が上がる。
1歩、また1歩、進むたび、昔のことが思い出される。
大好きだったおとうさまとおかあさまの笑顔。
楽しく、幸せだった毎日。
ずっと続くと思っていた幸せな時間を突然失ってしまったこと。
セバスチャンの所まで進むと、タナカが小さく囁くような声で、言う。
「どうぞ、お嬢様。幸せになってください。先代もきっと心から望んでいらっしゃ
います」
「ありがとう、タナカ」
「お嬢様をお願い致します」
「はい」
タナカの腕からセバスチャンの腕へとシエルの手が渡される。
二人でヴァージンロードを歩くのことが、シエルの幼いころからの夢だった。
「行きましょうか、シエル」
「はい」
二人は向かい合い微笑み合うと、一歩ずつかみしめるように歩む。
女王の番犬となり、笑うことも泣くことも忘れ、「レディ・ファントム」とよばれ、
恐れられる存在になった。
女性としての幸せを捨てる覚悟をしていた私に、安らぎと一人の女性としても幸せ
を与えてくれたセバスチャン。
私にとってかけがえのない人。
命に代えても守りたい人。
神父様の前まで進むと二人で立ち止まり、膝まづいた。
誓いの言葉は夢の中で聞いているような不思議な感じだった。
自分がきちんと答えられたのか、シエルは緊張のあまりよく覚えていない。
ヴェールを上げてもらい、セバスチャンに指輪を左の薬指にはめてもらい、そこで
やっと現実なんだと、実感できたような気がする。
結婚証明書にサインをして、二人が夫婦になったことを神父様から宣言されたのを
聞いて、シエルは純粋に嬉しかった。
セバスチャンは、軽々とシエルを抱き上げると、ヴァージンロードを出口に向かっ
て歩いて行くと、参列者から次々とお祝いの言葉が贈られる。
エリザベス、フランシス叔母様、マダム・レッド、タナカ、バルドロイ、フィニア
ン、メイリン・・・みんな嬉しそうに微笑んでいる。
フィニアンが用意したのか、白バラの花びらがあけられた教会の扉からはいってき
た風に吹かれ、教会の中に舞い散った。
「・・・綺麗」
シエルがつぶやくと、セバスチャンは、
「シエルの方がずっと綺麗ですよ」
と言って、バラ色に染まった頬にキスをした。
もう一人の少年のシエル・・・私は幸せよ。
偶然にも知ることができたもう一人の自分の存在。
あなたはあなたの幸せをつかんでね。
別の空間の別の世界のシエル、皆が幸せになれると良いのに。
シエルは心からの笑顔を浮かべ、青い空を仰いだ。
これからは、セバスチャンと共に生きていく。
どんな時も二人で一緒に。
同じ道を共に歩んでいく者として・・・。
~Happy Wedding~
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初めまして、月の雫と申します。
セバシエが大好きという気持ちだけで、書き上げた物語ですが、楽しんで頂けたで
しょうか?
稚拙な文章ですが、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
大好きな「夢幻の館」の良野様の結婚のお祝いにと書きました(≧∀≦)
女の子シエル喜んで頂けましたでしょうか、良野様?
結婚、おめでとうございます。
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