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【2025/05/11 06:33 】 |
右肩の蝶/たままはなま
右肩の蝶

「坊ちゃん、もうご機嫌を直しては頂けませんか?」
ベッドに腰掛けた執事が、僕を宥めすかす。
僕は、シーツにギュッとくるまり、顔を背けたまま、聞こえない振りをする。
長い溜息を吐く執事。
「貴方が、私だけのものだという事を確認するのは、いけないことですか?」
「確認とはなんだ。そもそも、僕が所有されているのか?
所有されているのは、お前じゃないのか?」
僕は、執事に訊ねる。
くすっと、執事が笑う声が耳に入る。
いつも余裕綽々なヤツの顔が、見ていなくても目に浮かぶ。



ヤツが、僕を着かえさせる為に夜着を脱がせた時、普段はしない行動をした。
白い手袋に包まれた指先で、僕の右肩を愛おしそうになぞった。
気になって、ヤツの触れたところを見た。
心臓が、大きく跳ねる。
そこには、あってはならないものがあった。
右肩に、蝶のような形の・・・赤い痣。
血管を、吹き上がるように血が駆け上って行くのが分かる。
顔面に集中していく熱さ。
耳まで赤くなっているに違いない。
ヤツの方に向き直って、声を荒げて訊ねる。
「これは何だ?!セバスチャン!」
意味ありげに笑うヤツの顔に、更に頭に血が上る。
「おまっ・・お前これは・・・!!」
分かっているが、その名詞を自分の口から言うのは、あまりに恥ずかしく絶句した。
いつの間にこんなものを付けられたのか、まったく記憶にない。
もしかしたら、僕が眠ってしまっている間につけたのだろうか。
こんな勝手な真似を許した覚えはないというのに。
「坊ちゃん、よくお似合いですよ。」
甘い声で、低く囁く。
うっとりするような響き。
ヤツは、僕を視線に捉えながら、肩の蝶を辿る。
柔らかな力加減で、楽しむようにゆっくりと。
ヤツの顔は、何処か嬉しそうに見える。
いや、確かに、ヤツは喜んでいた。
僕を包み込む視線が、甘すぎて居たたまれない。
「いつの間に、こんなものを・・!」
声を荒げてはみるものの、視線はヤツから逸れてしまう。
「昨夜は随分乱れておいででしたから、お気が付かれなかったのですね。」
「・・・!!」
僕に理解の出来ないもの、それはヤツの思考。
他に誰も聞いていないとかではなく、なんというか、
生々しい記憶が甦るのは憚られるような事を、
さらりと言葉にしてしまうコイツの感覚が、僕には分からない。
昨夜の自分の姿を思い出すと、羞恥で血が沸騰しそうだ。



僕が悪魔に転生して以来、ヤツは、僕の傍にはいなかった。
身体はここにあるのに、心は遠く、僕には、必要最低限しか手を触れなかった。
別に、触れて欲しかったという事ではないが、
意味も無く髪や頬に触れては僕をからかったヤツの薄笑いを、
懐かしいと思うほどには、見慣れていたのだと思ったのだ。
ヤツは、笑わなくなった。
事あるごとに、くすくすと気に障る笑い方をしていたくせに。
皮肉にも、嫌味にも、面白そうにも、笑いはしない。
僕にしてみれば、静かになって有り難いくらいのものだけれど、
この世界には、ヤツと二人きりなのだ。
笑う事をやめたようなヤツと死ぬまで一緒にいるのは、精神衛生上よくないし、
僕個人としても、願い下げだった。
ただ、ヤツは、もう一生笑わないようなヤツではない。
今は、笑う事を忘れているだけ。
必ず、思い出す。
人間だった頃と違い、時間は際限なく幾らでもあるのだ、
ヤツが笑い方を思い出すのを待つぐらいはしてやってもいい。
英国随一と謳われた、僕の執事の為に。
優雅な身のこなしで、僕の身の回りの世話をしているこの抜け殻に、
この何も見ていない瞳に、再び世界が映るのを、僕はここで待っていてやる。
自分の為に働いた執事には、主から、相応の報酬を与えなければならないから。



どのくらいの時間が経ったのか定かではないが、それなりに長い時間が過ぎ、
ヤツは、帰って来た。
僕を呼ぶ声の響きが変わった事で、それと分かる。
振り返って見たヤツの目には、世界がありのままの光度で映っていた。
長かった不在。
ヤツは膝を折り、僕に帰還の挨拶をする。
僕は、ヤツの頭を抱き締めて、褒めてやる。
迷子になっていた飼い犬の帰還を。
勝手に遠くまで行って、それでも、帰って来た。
もう二度と、僕から離れる事のないように、僕は呪(しゅ)を掛ける。
誓いの言葉とキスで完成するそれ。
誓約が成立すれば、ヤツは僕のもの、僕は、ヤツのもの。
融け合う距離で、僕たちは生きてゆく。
命が終わる瞬間までを、二人で。
ヤツと僕に取って、命の長さは、永遠と大差ない。
僕は、とうに覚悟を決めていた。
アロイスと、この身の内で共にいた間に。
ヤツは、この決闘に必ず勝つ。
勝負は、力が互角なら、動機付けのある方が有利だ。
ヤツは、ヤツに取って決して譲る事の出来ないものの為に闘う。
クロードが闘う理由は、ヤツのそれに比べ、動機付けとしてはいささか弱かった。
その時点で、ヤツの勝利は決まったようなもの。
それなら、僕はどう動けばよいのか。

アロイスが僕に用意した未来は、喜べるものではなかったが、逃げるのは性に合わない。
あの時、アロイスは言ったのだ。
「全員、全部、幸せだ!」
それなら、その為の答えを出さなくてはなるまい。
人を試すような事をしなければ、安心できなかった子供。
いつも、信じないところからしか物事を見る事の出来なかった子供。
セバスチャンへの復讐の為に、僕を利用しようとしたけれど、
利用されたのは、彼自身だった。
ハンナとの契約の条件は、僕を悪魔に転生させる事。
それは、復讐なのか、嫉妬なのか、あるいは謝罪のつもりなのか。
多分、そのすべての思いを詰め込んだものなのだろう。
複雑に絡まる答えのどれも、正解。
全員、全部、幸せというからには、僕にもその権利があるのだろうから、
セバスチャンにその権利があるのかどうかは知らないが、
アロイスの、精一杯の思いを汲んでやりたいと思うのだ。
僕を悪魔にとは、アロイスらしい贈り物だった。
彼等は、今生の命を失うことで幸せになった。
僕たちは、悪魔として生き続ける事で、幸せになってやる。
それで、いい筈だな、アロイス。



僕の執事は、僕の元に帰って来た。
僕は、この期を逃さず罠を仕掛ける。
ヤツが、いつものペースを取り戻してしまう前に。
ヤツが僕をからかうのを楽しみにしている事を逆手に取ってやるのだ。
まるで誓いの言葉のように聞こえると気付かずに言ってしまったと思わせ、
確かな誓いの言葉を、僕は言った。
やはり、ヤツは乗ってきた。
特別な言葉に聞こえると僕に悟らせるつもりで、誓いの言葉を言う。
老獪な悪魔は、こうして時折、僕の手中に落ちて来る。
僕は、それに満足して、頬を緩ませた。
腕の中に抱いていたヤツの頭を解放すると、
嗤うつもりでいたヤツの目が、驚きに見開かれる。
不機嫌を想定したそこには、想定外の微笑み。
僕は、くすりと笑った。
ヤツが、僕をからかっては、くすりと笑う理由が、分かった気がしたから。
誓いのキスを促せば、ヤツは、跪いた体勢から伸び上がってくる。
僕の目を、真っ直ぐに見つめながら。
僕が悪魔になった事への呵責から、目を背け続けてきた赤く輝く瞳。
今、目を逸らす事無く、見入ってくる。
ヤツの瞳に映る僕の目が、笑っている。
瞼を閉じるのと、唇の感触を感じるのは、ほぼ同時だった。
触れた唇は、柔らかく僕を食み、次第に角度を深くする。
口腔へと差し出されるヤツの舌を、 僕は受け入れる。
触れられる限りの所を、浅く深く、堪能していくヤツ。
今までの距離と時間を埋めようとしているのか。
鼓動は早くなり、呼吸は浅くなっていく。
このままでは、膝に力が入らなくなってしまいそうだ。
誓いのキスというには、少々熱が籠り過ぎていた。
唇を離したヤツの眼は、妖しげな光を宿す。
もう一度唇を寄せて来るやつを静止して、儀式としてのけじめを教える。
思うままを許してしまっては、主従とは言えなくなってしまうから。

「イエス。マイ・ロード。」
礼の姿勢を取ってそう答えたヤツだが、立ち上がり様、僕を横抱きに掬い上げた。
僕は驚いて、反射的にヤツの頸にしがみ付いた。
人間だった頃は、こうして事あるごとに抱き上げられたものだ。
しかし、悪魔に転生してからのヤツは僕から距離を取っていたし、
こんな事は無かったので、思わず声が出てしまった。
ヤツは、いつものようにくすりと笑った。
自分が僕を抱き上げるのは、今に始まった事でもないだろうと言って。
コイツは、自分がどれ程の長さ、不在にしていたのかを失念している。
そんな昔の事は忘れたと告げ、僕はヤツの胸元に顔を埋める。
ヤツの胸の広さも、匂いも、どんなに遠かったか。
忘れそうに、遠く離れていたのだ。
低めだからといって、温もりがない訳ではない。
この体温も、忘れてしまうのかと思いそうだったのだ。
ヤツの腕が力を強くして、僕をしっかりと胸に押し付ける。
この腕の、力強さ。
もっと、骨が軋むほどにと、僕は思う。
二度と忘れさせないと言って、髪に口付けたヤツ。
肩に額を強く押し当てて、僕からの赦しを示す。
嘘を禁じられているヤツがそう言うのだから、もう二度と、こんな思いはしない。
そういうところだけは、信じていいのだった。



ヤツは、僕を抱きかかえたまま、屋敷まで帰って来た。
心なしか、ヤツの鼓動が早いように感じる。
寝室のベッドに、僕を下ろす。
もう眼帯をつけることの無くなった右眼に、キスを落とされた。
眉根を寄せて、困ったような顔で微笑むヤツ。
「坊ちゃん、手加減できそうにないのですが、お許し下さいますか?」
切なく苦しげな声。
僕を真上から見下ろすヤツの頬には、漆黒の髪が掛かっている。
それを、耳に掛けてやり、そのまま後頭部に手を回して、
ゆっくりと僕の方へ引き寄せる。
鼻先が触れるくらいにまで近づけたところで、囁く。
「僕は、手加減など頼んだ覚えはないぞ。」
ヤツは一瞬、目を見開いたが、すぐに不敵に笑って見せた。
「そんな事をおっしゃって。
後悔なさっても、私の所為ではありませんからね。」
「望むところだ。」
強い眼差しでヤツを見て、くすくすと笑った。



いくら応えても、ヤツは求める事を止めない。
僕は、ヤツに求められるままに限界いっぱいまで応えては、意識を飛ばす。
欲しがるヤツに、僕の全てを与えたい。
僕もまた、ヤツを欲しているのだった。
今まで、どれだけ手加減していたのかと思う激しさが、僕を狂わせる。
声を上げ、身体を仰け反らせては果てるのだ。
何度でも。



僕の右肩に蝶がとまる瞬間に気が付かない程、溺れていた、
昨夜の僕の姿を思うと、ヤツに顔を見られるのさえ恥ずかしく、
どうしていいか分からなくなって、頭まですっぽりとシーツの中に潜り込む。
朝の支度をさせようと、ヤツが、僕にシーツの中から出て来るように促すが、
どんな顔をしていればいいと言うのか。
今まで一度も付けさせたことの無い印が、右の肩にあるのに。
恥ずかしさで体温が上がる。
声を殺していても、ヤツが笑っているのが気配で分かる。
僕は体を縮こまらせて、枕に顔を押し付けた。
ギシリと音を立てて、ベッドが沈むのを感じる。
ヤツが、シーツを被った僕の上から体重を掛けてきた。
耳の辺りに顔を寄せて来る。
「誘っていらっしゃるのですか?」
シーツ越しに、ヤツの声と息が、耳に届く。
身体がビクンと反応するのは、止められない。
すぐに言い返したいのに、言葉が出て来なかった。
一瞬遅れて、シーツを跳ね除けて飛び起きる。
「そんな訳あるか!!」
既に身体を引いて備えていたヤツが、笑っている。
静かな笑顔で。
ゆっくりと差し出される、白い手袋をした手が、僕の背中に回される。
ヤツが、大事そうに、僕を胸へと引き寄せるから、
僕は身体の力を抜いて、ヤツの肩に凭れ掛かる。
ここは、僕の場所。
「私の坊ちゃん。」
ヤツの声がくぐもって聞こえる。
「声に出して言うな、恥ずかしい。」
「そうおっしゃるから、印を付けたのですが?」
声に出すのが恥ずかしければ、印を付ければいいらしい。
僕も、こいつの右肩に赤い蝶を止まらせよう。
お前は、僕のものだと言う代わりに。



End
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【2011/06/23 15:13 】 | Gallery | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
Honey/月の雫
「Honey」

夜桜の下、永遠の愛をお互いに誓いあった時、僕とセバスチャンの『ゲーム』は終了し
た。
その後、二人の関係が変わったかというと、何も変わらなかった。
そう、僕の心以外は・・・。


セバスチャンはいつものようにシエルの好きなスイーツを作り、アフタヌーンティーの
用意を整え、執務室の扉をノックする。
「はいれ」
その言葉を待ってから、失礼致しますとセバスチャンは部屋に入ってくると、恭しく一
礼した。
「お待たせ致しました。坊ちゃん」
心なしかセバスチャンの声がはずんでいるように聞こえる。
会社の書類に目を通していたシエルは顔を上げ、茶色の瞳を細めて自分を見ているセバ
スチャンに視線を向ける。
「仕事に集中していて気がつかなかったが、もうそんな時間か」
シエルは書類を机に置き、凝り固まった華奢な身体を思いっきり伸ばす。
左の薬指にちょうちょ結びされている薄紅色のリボンが、ひらひらとシエルの頭の上で
揺れている。
あの日セバスチャンに結んでもらった左手の薬指のリボンは、セバスチャンの魔力によ
って、シエルとセバスチャンにしか見えないようになっている。
揺れるリボンを見て、セバスチャンは優しく微笑む。
お互いがお互いのものだという証。
「少し休憩されてはいかがですか?」
「そうだな。ちょうどきりもいいところだし・・・」
セバスチャンは執務机の上の書類を手早く片付けると、イチゴのミルフィーユ、バニラ
アイスクリーム添えとシエルの大好きなミルクたっぷりのミルクティーが入ったティー
カップをシエルの前に用意する。
シエルの大きな青い瞳は、セバスチャンの白絹で覆われた左手の動きをじっと見つめて
いた。
手袋ごしに見ることはできないが、セバスチャンの左手の薬指にも同じ薄紅色のリボン
が結ばれているはず。
それを考えると、あの時に誓った言葉が思い出され、今更ながら照れてしまう。
あの時の気持ちに偽りはない。
自分の心にあった素直な感情を言葉にしただけなのだから。
「どうしましたか、坊ちゃん。いえ、シエル」
じっと自分の左手の動きを目で追っているシエルに気付き、セバスチャンは声をかける。
(猫じゃらしを追う猫のようですね・・・)
セバスチャンは内心、苦笑する。
「な、なんでもない」
慌てたように視線を逸らし、机の上のフォークをつかむと、イチゴをさし、一口で口に
入れる。
きっと、ずっとみていたことなんてセバスチャンにはわかっているはずだ。
自分の耳まで赤くなっているのではないかと思うほど、顔がほてっている。
スプーンでバニラアイスをすくい、口に入れると冷たくて、少し顔のほてりが冷めてい
くように感じた。
スイーツを夢中で食べているシエルをセバスチャンは、愛おしむように見つめていた。
半年の時間をかけて、シエルの心をやっと自分に向けさせ、心を手に入れることができ
た愛しい存在。
微かに薫るシエルの甘い香りに酔いそうになる自分がいる。
早く全てを自分のものにしたいと思う反面、ここで焦ったら、今までの時間が無駄にな
ってしまうと不安になる自分がいる。
悪魔の自分がこの小さな恋人、妻といった方が良いのだろうか・・・(シエルはどう思
っているかわからないが)に対して、不安を感じるなんて、今までなら滑稽だと笑い飛
ばして、自分の思うままに、力でシエルの身体を支配していただろう。
「愛しい」という感情を知ってしまったからこそ、シエルの行動や言葉の1つ1つに敏
感になり、不安になったり、喜びを感じたりすることができるようになった。
この人間のような感情をセバスチャンは嫌いではなかった。
永く生きてきたセバスチャンにとって、新鮮であり、何よりも彼の嫌う退屈を感じない。

スイーツを黙々と食べているシエルだったが、内心、いつもスイーツを食べている時間
は、二人で何をしていただろうかと必死に思いだそうとしていた。
今まで、どんな会話をしていたのか全く思い出せない。
普通どおりにすればいいとわかっているのに、その『普通』が急にわからなくなってし
まったのだ。
ちらりとセバスチャンに視線を向けると、にっこりと微笑んでいる。
ますます気まづい。
何か言わなければと思うが、頭の中は真っ白のまま。
一体、どうしてしまったんだろう。
「シエル、ミルクティーのおかわりはいかがですか?」
ポットを片手にセバスチャンが近づいてくる。
セバスチャンが近づいてくるとわかっただけでも、ドキドキしてしまう。
「・・・い、いらない」
シエルは自分の心の変化に気づかれたくなくて、ついそっけなく答えてしまった。
「さようでございますか」
セバスチャンは残念そうな声で言うと、ポットを台車におき、シエルに近づいてくる。
(・・・どうしたらいいんだろう)
ドキドキと鼓動が早くなり、この場から逃げ出したいような気持ちにさえなってきた。
フォークを持つ手が緊張で微かに震えているのが視界に入り、フォークを机の上に置き、
セバスチャンから隠すように、机の上から自分の膝におろす。
「今日のスイーツのお味はいかがですか?」
耳元で低く囁かれ、シエルは身体をこわばらせる。
「・・・まぁまぁだな」
シエル好みの味なのに、なぜか素直に美味しいと言えない。
自分の為にセバスチャンが心をこめて作ってくれたスイーツだとわかっているのに。
「まぁまぁですか?今日のシエルは、手厳しいですね。では、もっとシエル好みのスイ
ーツをディナーでは用意致しましょう」
セバスチャンはにっこりと微笑むと、シエルの白い頬に白絹の手袋に覆われた手を添え
て、自分の方を向かせる。
セバスチャンの茶色の瞳の中に映っている自分が少しずつはっきりと見えてくる。
キスされると思った瞬間、自分の唇を手で隠してしまった。
「急にどうしたんですか、シエル?」
今まで何度となくキスをしているのに、こんな反応をされたことがないセバスチャンは
びっくりしたようにシエルを見ている。
「な、なんでもない。・・・今は、そういう気分じゃなかっただけだ・・・」
シエルはセバスチャンの視線から逃れるように大きな青い瞳をふせる。
「・・・そうですか。何かあったのですか?」
さすがのセバスチャンもショックを受けたようで、シエルの顔をのぞきこんでくる。
本当はキスしたかったのに。
シエルはなんで、あんなことをしてしまったのだろうかと後悔していた。
「・・・何もない」
相変わらず視線を合わそうとしないシエルに、セバスチャンは違和感を覚える。
いつだって、自分の瞳を迷いのない大きな青と紫のオッドアイの瞳で見つめてくるのに。
言いようのない不安に襲われる。
やっと手に入れたシエルの心なのに。
「何もないようには、見えませんよ、シエル」
セバスチャンの瞳が茶色からあざやかな真紅へと色を変える。
シエル自身、今まで『偽りの恋人』同士だった時には、平気だったことが、今はセバス
チャンの事を考えるだけで、胸がドキドキして、落ち着かなくなり、どうしていいのか
全くわからなくなる。
こんなの自分らしくないとわかっている。
今の僕ではセバスチャンに嫌われてしまうかもしれない。
自分でも気づかないうちにセバスチャンの事をこんなに好きになっていたなんて・・・。
今まで自分の気持ちに気づかないふりをしていた分、自覚してしまった想いの強さに自
分の心も頭もついていけない感じがする。
自分の今の気持ちをうまくセバスチャンに説明できる自信がない。
気まずい雰囲気にシエルは耐えられなくなり、椅子から立ち上がり、セバスチャンに背
を向け、1歩踏み出そうとした時、後ろからセバスチャンに強く抱きしめられてしまった。
「どこに行くつもりですか、シエル。やっと貴方の心が私にむいたと思ったのに、貴方
はもう心変わりですか?」
誓いあった言葉も忘れてしまったのですか?セバスチャンはシエルの耳元で、低く囁く。
片腕でシエルを抱きしめたまま、セバスチャンは口で白絹の手袋をはずし、机の上に放
り投げる。
「・・・忘れたわけじゃない」
シエルの白く細い首にセバスチャンは長い指を滑らせていく。
ひんやりとした指が動くたび、くすぐったいような、甘くしびれるような感覚に耐える
ようにシエルは大きな青い瞳を強くつぶる。
目じりには、うっすらと涙がたまってくる。
「なぜ、私を避けるような態度をとるのですか?」
やっぱり気づかれていたんだ。
シエルはうつむいて、自分の左手の薬指のリボンを見つめる。
「・・・そんなつもりはなかったんだ」
今にも消えてしまいそうな声で呟く。
セバスチャンは、シエルのリボンタイをほどくと、シャツのボタンを上からいくつかは
ずしていく。
突然のセバスチャンの行動に、シエルは動けずにいた。
「私がどれだけ貴方を求めているのか、わかっていないのですね」
身体をこわばらせているシエルの首に、薄い唇を近付け、軽くキスを繰り返す。
自分よりも体温の低いセバスチャンのやわらかい唇がふれるたび、その部分だけが熱く、
熱を帯びていく。
「・・・ん・・・セバ・・・ス・・・くすぐっ・・・たい・・・」
自分の身体にまわされているセバスチャンの左腕に両手でつかまる。
「本当にくすぐったいだけですか、シエル?」
シエルの首に唇を寄せたまま、セバスチャンは含みを持たせるような口調で聞く。
「・・・ん・・・」
シエルは唇をかみしめる。
セバスチャンから与えられる身体の力が抜けていくような甘い感覚。
初めてキスしたときとは、比べものにならないくらい胸がドキドキして、頭に靄がかか
ってしまったように、何も考えられない。
足に力が入らなくなり、自分の身体を支えるのが、だんだん難しくなっていく。
シエルの身体からは、甘い媚薬のような香りがいっそう強く薫る。
「どうしたんですか、シエル?」
その様子を見て、意地悪そうに微笑むとセバスチャンは、シエルの眼帯のひもをほどき、
紫の右目が見えるようにする。
セバスチャンの好きな青と紫のオッドアイの瞳は固く閉じられ、目じりには、涙がにじ
んでいる。
何も言おうとしない今のシエルのようであり、自分に対して心を閉ざしてしまったよう
にも見える。
「・・・・・・」
どうしたら、今の自分の気持ちをセバスチャンに伝えられるんだろう。
ボーっとする頭で懸命に考えるけれど、言葉が出てこない。
「何も言わないつもりですか、シエル?」
セバスチャンは、何も言おうとしないシエルのシャツの中へと手を滑らせる。
ひんやりとしたセバスチャンの掌の感覚にシエルの身体が、さらにこわばる。
細く白い首に口づけ、そのまま舌を這わせ、セバスチャンが強く口づけるとシエルの身
体に甘い痛みが走る。
シエルの身体はすでに自分のものだとわからせるために、所有印の赤い華を咲かせる。
心にも同じように自分のものだという所有印をつけることができたら、良いのに。
強くつぶったシエルの瞳から涙がこぼれおちる。
「・・・ん・・・やぁ・・・」
シエルは身体を捩って逃げようとするが、セバスチャンの腕から逃れることができない。
「私から逃れることができると思っているのですか、シエル?悪魔の私から愛されると
いうことがどういうことか、わからない貴方ではないでしょう?どれだけ、私が貴方を
愛してるのかも・・・。やっと全てが私のものになったと思ったのに、貴方は私を避け
る。なぜですか?なぜ、こうも私を拒絶するのですか?私を愛していないのですか?」
いつもは憎たらしいほど余裕なセバスチャンが、シエルにすがるように強く抱きしめ、
絞り出すような声で呟く。
その声にシエルの心は、ひどく痛んだ。
はっきり今の自分の気持ちを言わないことが、セバスチャンを傷つけている。
愛しい人を傷つけているのは、自分自身。
自分が今、しなければいけないこと。
それは・・・。
シエルの身体にまわされたセバスチャンの腕から手を離し、左手の白絹の手袋をはずす
とそのまま床に落とす。
自分とセバスチャンをつなぐ薬指の薄紅色のリボン。
セバスチャンの大きな左の掌に自分の小さな右の掌を重ねる。
「・・・違うんだ、セバスチャン」
ひんやりとしたセバスチャンの掌がとても心地いい。
セバスチャンは黙ったまま、シエルの次の言葉を待つ。
「・・・僕は自分の気持ちにずっと気づかないふりをしていた。でも、一度、自覚して
しまった想いの強さにどうしていいのかわからなくなったんだ・・・。セバスチャンを
傷つけるつもりなんてなかったんだ。あの時、誓った言葉に偽りはない」
「証明していただけますか?」
セバスチャンは、シエルを強く抱きしめていた腕の力を緩める。
シエルは少し戸惑ったように、振り向くと、涙でうるんだ大きな青と紫のオッドアイの
瞳で、セバスチャンを見上げる。
身長の差が、今の自分とセバスチャンの心の間の壁のようでなんだか嫌だった。
シエルは、黙ったままセバスチャンの手を引っ張って、自分の椅子に座らせる。
こうすれば、セバスチャンと自分の目線が同じになる。
自分で作った壁なら、自分で壊せばいい。
シエルの行動に少し驚いたようだったが、セバスチャンはシエルがどう証明するつもり
なのか興味があった。
鮮やかな真紅の瞳をじっと迷いのない大きな青と紫のオッドアイの瞳で見つめ、シエル
は両手でセバスチャンの頬を包み込む。
「僕の全てはセバスチャン、お前のものだ。セバスチャンだけを心から愛している。今
も、これから先もずっと何があろうとも、僕の気持ちは変わらない」
シエルは、セバスチャンの薄い唇に自分の唇をゆっくりと重ねる。
軽く啄ばむようなキスを繰り返す。
細い腕をセバスチャンのたくましい首にまわすと、深く口づけて、セバスチャンの唇の
間から小さな舌をいれ、歯列に沿って、舌で舐め上げていく。
セバスチャンはシエルの細い腰に腕をまわし、抱き寄せると、シエルのリードで始まっ
たキスの主導権を自分が奪うように、シエルの舌に自分の舌を絡ませた。
「・・・ん・・・セバ・・・ズル・・・イ・・・」
甘い吐息の合間に、シエルは抗議をするが、セバスチャンはお構いなしに、シエルの舌
先を舐めると、赤く色づいたふっくらとした唇を舌でなめる。
「ずるくないですよ。シエルが、証明してくれたので、私も証明しただけですよ」
身体の力が抜けてしまったシエルを自分の膝に横向きに座らせると、はだけているシャ
ツの鎖骨の辺りに舌を這わせ、強く口づける。
「・・・あっ・・・ん・・・」
甘いしびれるような痛みがシエルを襲う。
本当は胸につけたいところだけれど、シエルの心は自分のものという証の赤い華を咲か
せる。
熱で惚けた大きな青と紫のオッドアイの瞳で、シエルはセバスチャンを見上げる。
「そんな目で見ると、とまらなくなってしまいますよ、シエル」
シエルの身体からいつも以上に強く薫る甘い香りに、眩暈がしそうなのに。
「・・・とまらなくなる?」
不思議そうに聞き返すシエルに、セバスチャンはちょっと困ったような顔をする。
「それは、これから時間をかけて、教えていきますよ、ハニー」
「・・・ハニー?なんで、僕がハニーなんだ。立場的に、逆じゃないのか?」
シエルは不満そうに言う。
「そのうち理由はわかりますよ。愛しています、シエル。私たちは、夫婦になったので
すから、これからは、恥ずかしがらずに自分の気持ちは素直に言ってくださいね」
白い頬にキスをすると、シエルを包みこむように抱きしめた。
「・・・な、なるべく言うようにする」
シエルは、照れたようにセバスチャンの胸元に顔をうずめ、上着をぎゅっと握る。
「なるべくではなく、絶対です。夫婦に隠しごとは禁物ですからね」
ブルネットのやわらかい髪にセバスチャンはキスをする。
「・・・わかった」
「もう一回、愛してるって言って下さい、シエル」
耳元で低く囁くと、シエルは耳を真っ赤にしている。
きっと白い頬もほんのり赤く染まっているのだろう。
セバスチャンは、自分の胸元に顔をうずめているシエルの照れた顔が手に取るようにわ
かる。
さっきは、あんなにはっきりと自分の気持ちを自分にぶつけてきたのに、次の瞬間には
照れてしまい、なかなか言おうとしない。
そんな二面性がまた可愛いのだが・・・。
シエルに言ったら、怒るだろうか?
「・・・愛してる」
ぽつりとつぶやくシエル。
「できれば、私の顔を見て、言って下さい」
セバスチャンは、きっとにこやかな笑顔で言っているのだろう。
そんなの見なくても、シエルにだってわかる。
これは、何かの嫌がらせなのだろうか。
でも、今回、セバスチャンを傷つけるような態度をとってしまったのは、自分自身なの
だから。
シエルはセバスチャンの上着をぎゅっと握ったまま、ゆっくり顔を上げる。
ああ、やっぱり悪魔のにこやかな笑顔だ。
シエルは、覚悟を決めると、鮮やかな真紅の瞳を大きな青と紫の大きな瞳でみつめる。
「愛してる」
「私も愛しています」

悪魔のセバスチャンに愛されている僕。
そして、その悪魔のセバスチャンを愛している僕。
二人で、愛を囁きあい、二人で微笑み合うと、蜂蜜のように甘い甘い口づけを交わす。
これが僕とセバスチャンの日常になっていくのも悪くない。


END

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

月の雫です。

「瞳の奥をのぞかせて」の続編を書いてしまいました・・・。
少しでも楽しんでいただけましたでしょうか?
読んで頂いてありがとうございます。
【2011/06/23 15:12 】 | Gallery | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
僕を地球に連れて帰って/くろ

  緩慢しきった日差しの中、
 時間すら止まったような午後、
 人間で在りし時シエル・ファントムハイブ
 と呼ばれた少年は、
 することも無く書斎に篭り、
 本を読んでいた。
 濃紺の髪が青碧眼の大きな眼にかかるのを
 たびたび嫌がるようにかきあげながら、
 本に没頭している。
 扉をノックする音が聞こえ、
 静かに彼の執事セバスチャン・ミカエリス
 が書斎に入ってきた。
 白手袋に包まれた手で銀のワゴンを押し、
 その上に用意された、ティーソーサーに、
 茶葉を入れる素振りをすると、
 ポットから湯を注ぐ素振りをし、
 砂時計をひっくり返す。
 そして紅茶色の瞳を無表情に、
 彼の主に向ける。
 それから澄み渡った声で、
 少しばかりの嘲笑を籠めながら、言う。
「何をそんなに、
 読みふけっているのですか?」
 
 シエルは本の背表紙を見せながら、
 気だるそうに答えた。
「ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』」

「ぼっちゃんは、大変その作家を、
 お気に入りですね。
 今まで何度か、
 その方のものをお読みになられている所を
 拝見しましたが--」
「暇だからな」

 セバスチャンはソーサーを高く掲げて、
 ティーカップに優雅に注ぐ手つきをする。

「お前も暇だろう?」
 シエルは目をあげて、セバスチャンに、
 皮肉な視線を投げかける。

「さぁ。そう見えますか?」
「ああ、十分にな」
「それはお誘いですか?」
「いや、違う」
 
 と瞬時にきっぱり否定するシエルに、
 くすくす笑いながらセバスチャンが近寄る

「嘘おっしゃい。
 構って欲しかったのでしょう?」
「誰が・・」
「ああ、そうですか。
 では私のことを構ってもらいましょう」

 というやいきなり、
 セバスチャンはシエルを抱きかかえて、
 寝室へと連れて行く。

「昼間っから、こういうことは嫌だと
 言ってるだろう?」

「おかしなことを。私たちに昼夜の別など
 何にも意味がないというのに」

「だからけじめを」

「人間だったときには、
 スケジュールの遅れなど
 全く気になさらない、時間の感覚の無い方
 だったのに、よく言いますね
 とにかくそんな事をいう口は、
 塞ぐに限ります」
 と言って、セバスチャンの唇が重なり、
 舌がもつれ合うと、
 もうシエルは抵抗する気も失せてしまう。

「ほら、やっぱり」
「嫌なんだ、お前はいつもそうやって、
 僕をその気にだけ、して・・」
「挿れないから?」

 シエルは物凄く顔を赤らめて、
 体をじたばたと動かす。

「そんな風にはっきり言うなっ!」
「抱かれたいのですか?
 挿れられたいのですか?
 したいのですか?
 どの表現がお好みですか?」

「あのな・・・
 レストランのメニューじゃないから」
 オーダーを取るような口調の、
 セバスチャンにシエルは呆れ気味に言う。

「選ぶのは貴方です!」
「何かのキャッチコピーかっ」

 ふふふと笑う漆黒の執事の頬に、
 手を差し伸べて、
 その冷たい感触を楽しむ。

「挿れられたい・・」
「ダイレクトなものを選びましたね。
 驚きました」
「お前が選べっていったんだろうが・・」

 セバスチャンもシエルの、
 柔らかな頬を撫でながら、
 どこか寂しそうな眼をして言う。

「でも私は貴方を抱いて、
 壊してしまいたくない」
「壊せとは誰も言ってない!」
「同じ事です」

しばらくの沈黙の後、シエルが尋ねる。

「壊さないようには・・できないのか?
 例えば・・優しくとか・・」
「無理ですね」
 
 平然と答えるセバスチャンに、
 呆気に取られるシエル。
 そしてしばらくすると、
 愕然とした表情でつぶやく。

「そうなのか・・悪魔の交合って、
 そういうものなのか」
「ああ、人によりますけど」
「じゃ何か?
 お前以外なら優しく抱ける悪魔もいるけど
 お前だけは絶対そんなことはできないと?
 壊さなければ挿れられないと」
「ええ、仰るとおりです」
「・・・酷い・・酷すぎる」
「こればっかりは--」
 申し訳なさそうに頭を下げる、
 セバスチャンをみて、
 シエルはなんとなく気がついて、
 勇気を出して聞いてみた。

「あの・・その・・
 それは・・いわゆる、
 サイズとかの問題でしょうか?」
「何故そこで突然敬語なのです?
 いまぼっちゃんは、
 何に敬意を持たれたのですか?」
「いや、なんとなく・・」
「まぁそれもありますけど、
 一番大きな問題は--」
 言いあぐねるセバスチャンに、
 シエルはやきもきして質問を重ねる。

「形状とか?」
「いや、精神的な問題かと--」
「馬鹿か!!
 じゃやっぱりただ単に、
 お前の精神的嗜好の問題で
 壊したいだけなんじゃないか!」
「いや、貴方が尋ねといて何故、答えると、
 そんなに怒られるのか、
 さっぱりわかりませんが」
「ああ・・そうだったな。
 お前にきいた、僕が馬鹿だった・・」

 体ごとそっぽを向くシエルの後ろから、
 背中を抱きしめて、セバスチャンが言う。

「泣いてらっしゃるのですか?」
「あほか、泣くかこんなので」

 セバスチャンの手から、
 手袋が脱ぎ捨てられて、
 後ろからシエルの首筋にキスし、
 シエルのシャツのボタンを、
 上から外し始める。
 そしてその冷たい手が、シエルの滑らかな
 陶磁器のような肌を這い、
 その柔らかく幼い乳首に触れられると、
 思わずシエルは仰け反り、
 微かな啼き声を発した。

「可愛らしい声ですね」
「一々評論しなくていい」
「やっぱりこうしていると、
 壊してしまいたくなります」

 セバスチャンはシエルを後ろから、
 息が出来なくなるほど、強く抱きしめる。

「・・どっち・・なんだ・・
 壊したいのか・・
壊したくないのか・・」
 苦しそうに喘ぎながら、シエルが尋ねる。

「そうですね、少し考えさせてください」
「馬鹿なことを・・
 こんなこと考えたって・・」

 シエルの首元にも手が回され、
 頚動脈を押さえつけられて、
 意識を故意に落とされた。
 薄れゆく意識の中で、セバスチャンの、
 ふざけたような笑い声だけが
 耳の中に木霊していた。
 
 目が覚めると、
 シエルは白いシーツをひかれた、
 硬いベッドに寝かされていた。
 
 上体を起こすと、
 まだ息苦しさが残っていて、
 あれが夢ではなかった事がわかる。
 無性に腹が立って、シエルは怒鳴った。
 
 ・・セバスチャン!!早く来い。
 説明しろ!・・・・

「呼ばれなくてもここにいますよ」

 シエルの枕元にセバスチャンが、
 妖しい微笑をしながら立っている。

「お前!!」
「ちょっとサプライズをご用意するために、
 気を失って頂きたかったもので」
「なんだと?」
 シエルは憤懣やるかたないといった様子で
 ベッドから起き上がろうとする。

「ああ、まだ駄目です。
 もうちょっと寝てらしてください」
 セバスチャンは寝台に座り、
 シエルの上腕を強く掴んで、押し倒す。

「お前に指図される覚えは・・」
「指図ではありません、
 私からのお願いです」

 セバスチャンは、顔を近づけ紅茶色の瞳を
 哀願するように翳らせて、口を寄せた。
 吐息が重なり、舌が絡み合う。

 ・・なんだって僕はこいつのキスに、
 こんなに弱いのだろうか・・

「それで考えた結果は出たのか?」
「ええ、こちらに来てください」

 また口吻しながらシエルを抱きかかえ、
 寝台を離れて、廊下らしきところにでると
 丸い窓が開いている。

「どうぞ、ご覧ください」

 シエルが唇を離して、セバスチャンの首に
 しっかり手を巻きつかせながら、
 窓の外を覗くと、そこには、
 何処までも広がる闇の空間の中に浮かぶ、
 青く碧色の丸い、星があった。

「ぼっちゃんの瞳の色と同じでしょう?」
「だから?」
「これから月に行くのです。
 行きたかったのでしょう?」
「それが考えたこと?・・」
「これが私の結論です。ぼっちゃん。
 あとは貴方がお考えくださいませ」

 そういうと、
 セバスチャンはにっこりと悪魔のように、
 でも愛しいものを見つめるように、
 微笑んだ。

 ・・やっぱり僕にはお前の考えることは、
 いつだってさっぱり分からない・・

 シエルはセバスチャンの髪を両手で掴みながら、瞳を閉じて、熱く口吻した。
「ぼっちゃん、瞳を閉じないで。
 地球とどちらがより青いか、
 比べたいのだから」
「うるさい」

 廃棄処分が決まったスペースシャトルが
 昨夜何者かに強奪されたと、
 朝刊記事の一面が騒ぎ立て、
 テレビのニュースは、どのチャンネルも、
 行方不明となったスペースシャトルのこと
 についての討論会ばかりだった。
 
 「ぼっちゃん、あれを見てください」
「嫌だ」
「なんで、
 いきなりお断りになるんですか!?」

 シエルはいかにも不機嫌だという表情で、
 セバスチャンを睨みつける。

「理由がわからないのか?」
「ええ、全く--」
「お前は僕を、
 ここに何の為に連れてきたんだ?」

 シエルは、枕の上に肘をつき、
 小さな顎を乗せながら、
 隣に横たわり窓の外をちらちら眺める、
 セバスチャンの顔を、見下ろして尋ねた。

「寝台をここに置いたのが不満で?
 でもここのほうが、
 よく窓の外の景色が見えますから」
「この宇宙船の中の話じゃなくて・・」

 セバスチャンはようやく、
 シエルの側に身体を向けて、
 シエルの瞳を見つめながら答えた。

「月に行きたいのかと」
「いや、
 それはお前が勝手に考えたんだろう。
 そうじゃなくて・・」
「ああ、壊す壊さないの話でしたっけ?」
「もういいっ!」
 
 シエルが寝台から、
 がばっと起き上がろうとすると、
 セバスチャンが腕を掴んで、
 自分の胸に引き寄せて囁く。

「ちゃんと壊してあげますから、
 もうちょっとだけ
 辛抱して待っていてください」
「いや、
 壊されるのを待ってるわけじゃないぞ、
 僕は」

 手を振り解いて、
 起き上がろうとするシエルを
 さらに強く抱きしめて、
 セバスチャンが言う。

「貴方もしっかり、
 おねだりしてくれなくては--」
「いや、もう十分、
 いや十分過ぎる程してると思うぞ」
「まだ足りません」
 シエルは意思の強そうな唇を曲げて、
 セバスチャンの白いシャツに包まれた胸を
 強く手で押して、身体を離しながら言う。

「これ以上何と言えと?
 お前の選択肢の中から選んで、
 言ってあげただろうがっ!」
「回数が--」
「は?一度じゃ駄目?
 ってかそんな恥ずかしい台詞、
 何度言わせれば気が済むんだ」

 セバスチャンは優雅な手つきで、
 白く細い指をシエルの唇に当てると
 そのまま小さな顎を経由して、
 首へと動かして、
 シエルの黒いリボンタイを解く。
 
「さぁもう一回言ってください」
「命令するな」
 
 セバスチャンは片手で手際よく、
 シエルの黒いシャツのボタンを外していく

「どんな口調でも良いですから」
「挿れたいなら、挿れさせてやるから、
 挿れてみろ」
「何かの品詞の活用みたいですね」

 セバスチャンはシエルの首筋の、
 血管が見えそうなくらい透き通った肌に、
 口をつけて、愛撫していく。
 かすかに喘ぎ声を発するシエルに、
 セバスチャンが囁く。

「ところで、窓の外を--」
「そんなものはどーだっていい!」
「そうですか--」

 シエルの濃紺の前髪をかきわけ、
 瞳の色を確かめながら、
 セバスチャンが徐々にシエルの胸に、
 手を這わせていく。

「やっぱり、もっと言ってください」
 
 ほんのりかすかに薄紅色にそまる、
 シエルの乳首を指先で転がし、軽く抓って
 セバスチャンは催促するかのように、
 シエルの顔を見つめる。

「挿れて・・・」
「それじゃ駄目です」
「挿れろ!」
「その方がいい」
 というと、
 セバスチャンは愛撫を再び始める。

「いつでも貴方はただ私に命令すればいい」
「でも・・
 僕はお前に命令して抱かれるのじゃ・・」
「嫌だと?」

 シエルの下半身に手を伸ばしながら、
 尋ねるセバスチャン。

「では無理やりの方が?」
「いや、
 すでに僕がこんなにせがんだ段階で、
 無理やりとは言わない気が・・」
「それもそうですね」

 シエルの身体が、
 突然びくんと跳ね上がるように動き、
 シエルは、その柔らかい唇を噛んで、
 眉を寄せた。

「窓のそ--」
「言うな」

「セバスチャン!だから僕は・・」

 仰向けになって横たわるシエルの、
 快楽の余韻を舐め取るセバスチャンに、
 喉から振り絞るような声でシエルが言う。

「快感だけが欲しいのではなくて」

 セバスチャンは、赤い舌先をちろちろと
 出し入れしつつ、シエルが言いたかった事の先を続けた。

「分かっているなら何故・・」

 シエルの顔の位置まで戻って、
 セバスチャンは紅茶色の瞳で、
 真剣にシエルを見つめてから、
 口を寄せて舌を絡めつかせた。
 しばらく互いに舌を吸い合い、
 口腔内を味わいつくした後で、
 唇を離して、セバスチャンが言う。

「もう少し待ってください。
 見せたいものがあるから--」
「じゃさっきから窓の外窓の外って、
 言ってたのは・・」
「いえ、
 それはまた別のものでしたけれども」
「一体何だったんだ?」
「初めのは、
 貴方が見たがってた月に再接近した時で、
 2回目は、火星のマリネリス渓谷です」

 シエルは眉を顰めて、
 何だか分からないといった顔で尋ねる。

「なんだそれは?」
「太陽系最大の断層で--」
「また出た・・地層・・」
「何か言いました?」
「いや別に・・
 で三度目のは?」
「エロスという名前の小惑星でした」
「ふんっ」

 そっぽを向くシエルの耳にキスを降らせて
 漆黒の悪魔はまるで大切なものを扱う様に
 優しく後ろから抱き寄せた。
 先程の、
 セバスチャンの愛撫から時間が経っても、
 シエルは小さな躯を火照らせ、
 呼吸が荒いままだ。

「熱い・・」
「でしょうね。もうすぐ木星通過ですから」
「関係あるのか?」
「ええ、木星の衛星の火山から噴き出る、
 プラズマの影響で、
 木星には恐ろしいほどの、
 放射能の帯があるのです」
「・・・・」

 シエルは思わず全裸の自分の肌を、
 チェックしている。

「大丈夫ですよ、私が守ります」
「それは・・守れるようなものなのか!?」
「いつだって、何からだって、
 私は貴方を守り抜きますよ。
 それが放射能だろうが、
 プラズマだろうが」

 そう言ってシエルの身体の線にそって、
 ごく微かに撫でていく。
 それと共に、
 シエルの身体もすぐに反応していく。

「もう駄目だ・・セバスチャン!
 お前が欲しい・・」

 セバスチャンは、
 シエルの最も反応する部分を、
 右手で愛撫しながら、言う。
 
「良かったですね。着きましたよ。
 ほら今度こそ、
 窓の外を見てくれますか?」

 セバスチャンに言われて、
 シエルが丸い窓に頭を寄せて、
 外を見ると、
 土星の裏側に入っている事に気がつく。
 太陽光が、土星の氷と石で出来ているはずの円盤状の部分の一点のみ照らしていた。

「手を出して」

 セバスチャンは、
 右手はシエルを愛撫したまま、
 シエルの左手の手首を掴んで、
 その窓ガラスに当てさせる。
 ちょうどシエルの左手の薬指のところに、
 土星の輪と太陽でできた輪が重なった。

「主に手を出す前には結婚を申し込まないと
 なりませんでしょう?
 これが私の見せたかった、
 貴方への指輪です。
 受け取ってくれますか?」

「お前馬鹿だろ・・
 しかも、
 こんな風に・・僕を・・感じさせながら、
 そんなことを言う・・
 お前は本当にえげつない奴だ」

「ええ」

「だから僕の答えも分かるだろう?
 聞かなくても」

「ええ」

 漆黒の悪魔はゆっくりと自分をシエルに沈み込ませていった。
 

 シエルの躯に、
 雷撃のような強烈な痛みが走る。

「酷・・い・・馴らしも・・しないで」
「優しくされたかったですか?
 生憎そのような優しさは、
 私は持っていないのですよ」

 シエルは助けをもとめるかのように、
 窓に両手をつく。
 それをまるで逃がさないとばかりに、
 セバスチャンは、
 シエルの小さな手首に爪を食い込ませて
 さらに深く自分を侵入させていく。
 ピンを弾くように、
 筋肉が切れていく音がシエルの内部で響く
 そこが焼け爛れていくような感覚に、
 シエルは瞳に涙を滲ませた。
 猛り狂うようにシエルを抱きながら、
 セバスチャンの瞳が
 赤から紅に、朱に、緋色に変わっていく度
 宇宙空間に同じ色の閃光を放って、
 スペースシャトルが加速していく。
 星が降る。
 時空が歪む。
 躯が壊される。
 Its so deep¸ its so wide¸
 your inside¸
 Synchronicity
 涙で見えてはいないが、
 シエルの手の先には、
 星が線上に流れる光景が広がっている。

 加速する
 限りなく光速に近くまで。
 質量が無限大に増加する。
 呼吸もできないほど
 速く。熱く。
 膨張する宇宙の端を
 捕まえに行くように
 さらに加速していく。
 
 動きが同調する
 全てが同調する
 光と影のように
 もたらされる快楽と苦痛のように
 繋がる悦びと引き千切られる痛みのように
 相反する物が同化していく。
 いや、その本質が同等だと理解する。

 そして窓から、
 一番近い恒星のまばゆい光が差した時に、
 シエルは自分の中に、熱く同時に冷たく、
 麻痺するような恍惚をもたらすものが、
 放たれたのを知った。

「舐めて治すくらいなら、
 初めから壊さなければ良いのに・・
 痛いっ!染みるっ」

 シエルは枕に顔を押し付けながら、
 くぐもった声で不満をぶちまけている。

「すみません--」

 セバスチャンは赤い舌で丹念に、
 シエルの傷ついた体を舐めて癒している。

「謝るくらいなら・・・くっ」
「熱を持っていらっしゃる」
「当たり前だ!馬鹿・・」
「あそこに見える氷で冷やしましょうか?」

 窓の外に、最後の恒星の、
 氷に閉ざされた惑星が見える。

「ああ、いいかもしれない」
「窒素が主成分の氷なので、
 マイナス220度位ですけど」
「馬鹿か! 身体ごと砕ける。
 ていうか、ここはどこなんだ・・・」
「この膨張する宇宙の果て。
 ビッグバン直後にできた、
 最初の星があるところです。
 膨張スピードと、
 私たちが移動している速度が同じなので、
 止まっているように見えるのです。
 あの星が」

 そう言うと、
 セバスチャンは惑星の奥にある、
 青白い恒星を指差した。

「こんな所に何の用がある?
 ただ気分が昂じて、
 気がついたら、
 宇宙の果てまで来てしまいましたとか、
 言うんじゃないだろうな」
「いえ--ちゃんと目的がありますよ」
「どんな?」
「さぁ、この船を降りましょう」
「降りるって・・・」

 シエルを白いシーツで包んで、
 抱きかかえると、
 セバスチャンはサイドハッチを開け、
 キャビン外に飛び出した。

 スペースシャトルの、
 メインエンジンもOMSエンジンも止まり、
 ただ慣性の法則で光速のまま、
 唯一つある恒星とその唯一の惑星と共に、
 永劫の闇に向かって移動している

「あれに乗って、
 地球に帰るのかと思ってた・・」
「アレが地球に帰っても、
 解体されるのを待つだけです
 それならこうして、
 宇宙と共に永遠に、
 見果てぬ夢を追い続けさせてあげたい」

「壊すぐらいなら・・・か」

 セバスチャンは燕尾服の胸ポケットから、
 一本の白い薔薇を取り出して、
 シャトルに向かって投げた。

「さぁ帰りましょう。用事は済みました」

 シエルはセバスチャンの首に手を回して、
 しっかりとしがみつき、
 星がまた線になって行くのを眺めていた。

 <そのシャトル、葬送>
 カーテンがいきなり開かれ、
 眩しい朝の光が、
 シエルの閉じた瞼を刺激する。
 それと同時に聞き慣れた声がする。
「ぼっちゃん、お目覚めの時間ですよ」

 目をこすりながら、
 やっとの思いで目を開けると、
 朝日の逆光の中で
 優しげに微笑むセバスチャンが立っている
 シエルが寝具をはぐと、
 いつものように白いナイティを脱がせ、
 着替えさせに、
 セバスチャンが寝台に近寄ってくる。

「まさか・・・」
「はい?」
「また・・」
「何がまた--なのですか?」
 セバスチャンはひざまづいて、
 丁寧にボタンを外しながら、
 不可思議そうに首を傾け尋ねる。
 シエルは身体の感触を確かめるが、
 何も起きた形跡がない。

「あの--どうなされたのですか?」
「知らんっ!」
 シエルは不機嫌そうに、顔を背けた。

 ・・また夢を見たのか?・・
 ああ、全く嫌になる・・

「ぼっちゃんをわざと、
 気を失わせたのは謝ります。
 だからご機嫌直してください」
 ・・ああ、そうだった、
 僕はこいつに落とされて・・

「どうしてそんな事したんだ?」

 シエルは顔を背けたまま、
 眉を顰めて、
 混乱する頭を整理しようとしていた。

「貴方に私の答えを伝えるために」
「僕は聞いてないぞ?お前の答え・・」
 シエルはセバスチャンの方に向きなおして
 紅茶色の瞳を見つめて尋ねる。

「夢を見られたでしょう?私の答えの夢を」
 セバスチャンは、シエルの柔らかい頬に、
 そっと手を当てて、切なそうに見上げる。

 ・・じゃ、あれはお前が僕に見せた夢!

 --壊すぐらいなら、
      見果てぬ夢を追い求め--

「ああ、抱くなら結婚しないとってやつか」
「そっち?
 そっちを覚えておいでですか--」
 セバスチャンは、
 きょとんとした顔をして言う。

「何だ?その言い草は・・」
「いえ--
 とにかく着替えてしまいましょう」

 セバスチャンが急にいそいそと、
 服を着替えさせ始めると、
 シエルはむっとしてその手をどけて、
 不機嫌に言う。

「何か気に喰わないっ!」

 セバスチャンは軽くため息をついて、
 シエルの膝に口づけして言う。

「どうすれば、気に入ってもらえますか?」
 
「挿れられたい」
 シエルはセバスチャンの漆黒の髪をわざと
 かき乱しながら言う。

「こだわりますね--そこに。
 でもその言い方は正解じゃないのです。
 貴方は私の主。
 私が用意した選択肢の中から
 選ぶ必要はないのですよ、元から。
 オーダーできるのですから」

「では、壊されたいと言えとでも?」

 セバスチャンは、
 膝から太腿への愛撫をやめて、
 シエルの顔をのぞき込む様に見つめて言う

「貴方はそんな事は言ってはいけません」
 
 --きっと貴方はなかなか、
 正解にはたどり着けないでしょう。
 愛されたいという言葉は、
 思いつきもしないのでしょう。
 それが、ただ単に、
 身体を愛することであったとしても。
 でもそう言われない限りは、
 私は貴方を壊してしまいます。
 それだからこそ、壊すぐらいなら、
 見果てぬ夢を追い求めましょう、
 二人きりで--
 
 セバスチャンは、立ち上がって、
 サイドテーブルに置いた今朝の朝刊を
 シエルに差し出す。
 一面には、
 廃棄処分が決まったスペースシャトルが
 盗難にあって、
 行方不明と大きな見出しが出ていた。

「夢じゃないのか?」

 シエルは、セバスチャンを驚いて目を見開きながら、尋ねる。

「着替えてしまいましょう。
 貴方にお見せしたい物があります」
 そう言ってセバスチャンは、
 シエルに黒いシャツの袖を通させた。
 
 延々と続く霧の海の中、
 セバスチャンはシエルを船に乗せて、
 漕いでいる。
「ぼっちゃん、あの夢をおぼえているなら、
 サンクトペテルブルグのパラドックスを、
 覚えてらっしゃいますか?」
「ああ、よく意味がわからなかったけどな」
「簡単な事ですよ。
 恐ろしく低い確率であればあるだけ、
 利益が大きくなる賭けがあったとして、
 無限回数試せるならば、
 どんな代償を支払っても参加するべきだ、
 というパラドックスです」
「それがなにか?」
「いえ、なんでも」

 --あなたが私の望む正解を言う確率は、
 大変低いけれど、
 だからこそ私にとって価値が高いのです。
 もしも貴方がむやみやたらに、
 愛を欲しがる者だったら、
 ここまで正解を望みはしなかった。
 貴方が言わなければ言わないだけ、
 私にとって、
 貴方がかけがえのないものなっていく。
 そして私たちはそれを、
 無限回数試せるのです。
 たとえどんな代償を支払ったとしても--
 

 シエルは海を見つめながら、
 セバスチャンに尋ねた。

「どこへ?」
「もうじきに着きます」

 霧が晴れてくると、島が見える。
 島は高い崖に囲まれ、
 島の中央部にはさらに高い岩山が見える。
 島全体は小さく、誰かの所有の
 プライベートアイランドの様だ。
 ・・死の島?・・

 島には港など見当たらないが、
 セバスチャンは構うことなく、
 断崖絶壁に近づいていく。
 もう船頭がぶつかるかと言う程接近した時
 崖はがしーんと音を立てて、
 ぽっかりと口を開けるように、
 船を飲み込んでいく。

「崖は偽装というわけか」
 シエルが呟くとセバスチャンは軽く頷いて
 船をとめた。そこから、
 上部につらなる螺旋階段を上がると、
 崖に沿って建てられた、
 白い階段状の美しい別荘と、
 プライベート用としては大きすぎる、
 プールが見える。

 セバスチャンはシエルの手をとって、
 美しい別荘の入口に案内する。
 
、海岸側が一面ガラスとなった、
 広大で明るいリビングには、
 観葉植物が沢山おかれ、
 壁には現代アメリカ絵画がかかっていた。
 絵画にはそれぞれ、両脇の壁上にハンドルのような物がつけられている。
 セバスチャンはシエルに、
 その絵画の一つの前に立たせて、
 壁についた銀のハンドルを握らせた。
 すると壁はくるりと回転して、
 壁の奥の部屋へ自動的に送り込まれる。
 -5-
 シエルの足元の床が、
 するりと梯子状に伸びて、
 立っているだけで自動的に、
 サイドハッチまで身体を運びこまれる。
 -4-
 シエルが下を見下ろすと、建物三階分以上の高さにいることが分かり、
 シャトルのウイングが鈍い光を放っているのが見える。
 
 スペースシャトルはロケットブースターをつけて、地面に垂直な姿勢で置かれていた。
 既に発射シークエンスに入っている。
 プールの水が引いて発射口が見えてくる。
 -3-
「セバスチャン!!どういうことだ?」
「さぁ、行きますよ」
 後ろに立ったセバスチャンは、
 シエルを抱きかかえて、
 サイドハッチの中に入り、
 フライトデッキのコマンダー席に乗せた。
 -2-
「だからどこに?・・」

 サイドハッチがしまり、
 シャトルは格納庫から、発射台までの
 エレベーターをさがって行く。
 -1-
 そして元はプールだった発射口の真下に移動すると、
 パイロット席に座るセバスチャンが、
 優しく微笑して言った。

「まだ、現実で、
 貴方に指輪を渡してませんから」
- GO -
 メインエンジンが点火して、
 シャトルは爆音と共に、
 大空に向かって垂直に飛立ち、
 凄まじい量の白煙を上げながら、
 大気圏突破に向かった。
 自動操縦に切り替えてから、
 セバスチャンは、シエルの座る席に近づき
 その髪を優しく撫でて、キスをすると、
 シエルはセバスチャンを見つめて、
 唇を寄せた。
<完>
 
::::::::::::
まさかのサンダーバード黒執事コラボ!

【2011/06/18 21:14 】 | Gallery | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
Happy Wedding/九条静音
【2011/06/18 21:12 】 | Gallery | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
"I hope nothing." That is a downright lie./キッド
"I hope nothing." That is a downright lie.

「これは?」
「……坊っちゃんには少し地味ですね」
「じゃあ、これ」
「少し安過ぎるのでは?」
「なら、あっちは?」
「他の物をお願いします」
色とりどりの美しい宝石が散りばめられた指輪の数々。
流石は王室御用達の宝石店だけあってどれも一級品ばかりである。
けれど、セバスチャンはどんなに素晴らしい出来の指輪でもお気に召さないらしい。店員は困惑し、彼の傍らに居るシエルはとてつもなく不機嫌になった。
「時間の無駄だったな」
結局何も購入せずに店を出た二人は、寄り添うように石畳の道を歩いている。通行人達は美少年と、その隣の美麗な執事の組み合わせに好奇の視線を向けながら通り過ぎて行った。
「大体、指輪なんて両手の指を飾れるくらい持っているだろう」
「ええ。ですが、まだ足の指がいくらか余っておられますよ」
「そうきたか……」
「それに、妥協したくないのです。坊っちゃんの指を彩る特別な指輪ですから」
蕩けそうな笑顔に、シエルの頬が引きつった。
たかが指輪に何故そこまで拘るのか。
「なら、どうするつもりだ?お前の妙な拘りの所為でロンドン中の店は全て見て回ったんだぞ」
「そうですね…。良い機会ですから、休暇も兼ねてフランスにでも飛んでみましょうか?」
「馬鹿、そこまでしなくて良い!」
本気とも冗談ともつかない事を平気で口にしているあたり、この執事ならばやりかねない。
必死で止めるよう命じたシエルに、彼の執事は冗談ですよと茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せるのだった。



END.


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