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いつからだろう?気安く触れるのを許すようになったのは。
いつからだろう?口付けを許すようになったのは。 僕とセバスチャンの関係は、主人と執事であると共に、恋人でもあった。 好きですと言われ、優しく触れられる。 愛していますと言われ、キスを落とされる。 その時は、その甘い時間に酔いしれるが、その実、僕はあまりよく思っていなかった。 触れ方なんて、執事のそれじゃない。 キスだって、執事はしない。 していることは、恋人同士そのもの。だからきっと、僕たちは恋人で正しいのだろう。 でも。 好きだとか、愛しているとかの言葉だけじゃ足りなくて、 不安に駆られて肌を合わせる。 けれど、不安は消えるどころか膨らんでいくばかり。 信じていないわけじゃない。 愛しているからこそ、大切だからこそ、 形がないと不安になるんだ。 青の魔法 風のない、静かな夜。 セバスチャンの持っている蝋燭の灯りと、燃え上がる暖炉の炎が、部屋の中を優しく照らしている。 そういえば、あの日もこんな夜だった。 (壊れた指輪を戻してくれた、あの日も・・・) 「坊ちゃん。今夜は冷えますので、暖炉をいつもより暖かくしております」 暑くなったら呼んで下さいね、と言いながら、セバスチャンは燭台をサイドテーブルに置いた。 「ああ・・・」 シエルは気のない返事をし、ぼんやりと暖炉の火を見つめた。 パチパチと石炭の爆ぜる音が、心地良く耳に届く。 「どうかなさいましたか?」 シエルがあまりにもぼんやりしていたからだろう、セバスチャンが心配そうな顔で、彼の顔を覗き込んできた。 (こんなに優しそうな顔をされると、こいつが悪魔だという事を忘れそうになるな・・・) けれど、忘れてはいけない。 こいつは悪魔なんだ。 契約があるから傍にいて、こうやって仕えている。 「いや、ただ・・・静かだな、と思って」 「そうですね。雨も風もなく、今夜は静かですね」 穏やかな顔で同意したセバスチャンは、シエルの隣に腰掛けた。 すぐ隣に大好きな香りを感じ、シエルの顔は、自然と緩んでしまう。 手を伸ばせば、届く距離にある温もり。 今なら訊けるかもしれない。 あの時は疑問に思わなかったけれど、月日の経った今だからこそ、不思議に思う事。 「セバスチャン」 「はい、何でしょう?」 シエルが名前を呼び、セバスチャンの方を向く。そうすると、彼もシエルの方を向いて、視線を合わせてくれる。 悪魔の癖に、こうやって真摯に向き合ってくれるところが、シエルは割とと好きだった。 シエルは静かに息を吸い込み、左手の指輪に触れながら、ずっと考えていた事を口にした。 「あの時・・・リジーがこの指輪を壊してしまった時、どうしてお前は僕にこれを戻したんだ?」 「どうして、と言われましても・・・」 困ったように笑うので、訊かない方が良かったのかと不安になる。 「あの時も言いましたが、大切なものだったのでしょう?」 「それはそうだが・・・」 確かに、大切なものだった。 けれど、壊れた指輪を自らの手で棄てた事には、きちんと意味があったのだ。 覚悟を決めた上で手放したのに、すぐに手元に戻ってきてしまった。 もちろん、嬉しくなかった訳ではないが、胸の中には、複雑な想いが渦巻いていた。 『指輪がなくとも、ファントムハイヴ家当主は、この僕だ』 指輪がなくても、僕は誇りを失わない。 『指輪は幾度となく当主の断末魔を聞いてきた』 いつかは僕も、この指輪に看取られながら、断末魔をあげるのだろうか。 『指輪を棄てて、もしかしたら聞こえなくなるかもしれない・・・そう思ってた』 夜毎鳴り響く悲鳴の地獄から、解放されると思っていた。 前向きの気持ちと、後ろ向きの気持ち。 セバスチャンは気付いていたのだろうか。だから自分に、指輪を戻したのだろうか? 甘えは許さないと。 固く拳を握りしめていると、セバスチャンの手に包み込まれ、そっと拳を開かれた。 「実は、今まで黙っていたことがあります」 「!・・・何だ?」 突然の告白に、シエルの胸はざわめき立った。 不安に耐えるように、自分の手に触れているセバスチャンのそれを、強く握りしめてしまう。 「この指輪を貴方に戻した事には、二つの意味があったのです」 「二つの・・・意味?」 一つは、ファントムハイヴ家当主ならば、持つべきだという事だろうか。 だとしたら、あともう一つの理由は? 「ええ。指輪を棄てたところで、貴方がファントムハイヴ家の当主であるという事実に、変わりはない。 高貴な立場であり、高貴な魂を持つ貴方だからこそ、この指輪を持つべきなのです」 ですから、『この指輪は貴方の指に在る為のもの』と申したでしょう?と話される内容は、ほとんどシエルの予想通りだった。 「じゃあ・・・もう一つは?」 「もう一つは、私の願いです」 「願い?」 (この悪魔の口から、願いという言葉を聞くなんて・・・) シエルは、どこか滑稽な気分だった。 しかし、理由を話すセバスチャンの顔が、照れくさそうに微笑んでいる事に気付いたので、芽生えていた不安が少しずつ溶けてゆく。 セバスチャンがこんな顔をする時は、執事ではなく、決まって恋人の姿でいる時だから。 シエルにじっと見つめられ、セバスチャンは、その先の答えを求められていると気付いた。 いつかは話そうと思っていた、自分の願いを。 「坊ちゃんは、男が指輪を贈るという意味をご存知ですか?」 「!?・・・特別だって、言いたいのか?」 「ええ、その通りです。指輪なんて、誰にでも贈るものじゃないでしょう?」 (確かに) 指輪と言えば、恋人同士や夫婦の間で贈られるのが一般的だ。 (でも・・・) 「これは、元々僕の指輪だろう?お前の言っている意味では、筋が通らないじゃないか」 シエルに指輪を戻したのは、恋人だから特別に贈った、と言いたいらしい。 けれど、指輪は元からシエルのものなので、プレゼントとして贈ったことにはならない。 (一体どういう意味なんだ?) いつの間にか不安は消え去り、シエルの頭には、疑問ばかりが膨れ上がっていく。 「一度朽ち果てたものを再生し、貴方に戻す・・・一度死んで蘇った貴方には、その指輪ほど相応しいものはないでしょう?」 「・・・・・・ッ」 数年前の忌まわしい光景が頭の中を過ぎり、シエルはギリリと歯噛みした。 「それに・・・」 顔をしかめているシエルの頬に手を添え、セバスチャンはゆるりと撫でた。 宥めるように滑るその感触に、しかめていた顔の力が緩む。 「あの時の貴方に、特別な意味で別の指輪を贈っていたら、きっと受け取らなかったでしょう?」 「そう・・・かもな」 あの頃は、今よりも素直さがなく、意地を張ってばかりだった。 そんな自分に渡されたのでは、セバスチャンの言う通り、きっと受け取らなかっただろう。 今だからこそ、受け入れられる事実。 戻ってきた指輪に、そんな意味が込められていたなんて、ちっとも分からなかった。 セバスチャンの照れくさそうな顔や、頬を撫でてくれた手の感触を心の中で反芻し、シエルは指輪を愛おしそうに撫でた。 「今の話、そんなに嬉しかったですか?」 「ああ。・・・ずっと、形あるものが欲しかったから」 「・・・と、言いますと?」 初めて聞かされるシエルの本音に、セバスチャンは目を丸くした。 「好きとか愛してるとか、そんな不確かな言葉じゃなくて・・・何か形あるもので、お前の気持ちが欲しかったんだ」 だから、特別な意味を込めて戻されたこの指輪を、とても愛おしく感じるのだ。 「形なら、あるじゃないですか」 「・・・え?」 まるで至極当たり前のように言うので、シエルはポカンとセバスチャンを見上げた。 「貴方と私が、今こうやってここに存在している・・・それが、形ですよ」 「・・・でも」 「最初は主従として契約を結び、今はそれ以上に、恋人として傍にいる・・・それは、形にはなりませんか? 好きと囁くのも、愛していると触れるのも、貴方だけなんです」 (・・・そうか) 答えは、こんなにも近くにあったのだ。 セバスチャンの与えてくれるものばかりに目が行き、セバスチャン自身を見ていなかっただなんて・・・情けなくて笑ってしまう。 (セバスチャンにとって、僕が形ある餌や愛であると共に、僕にとっても、セバスチャンは形ある駒で愛なんだ) 「私の答え、お気に召して頂けましたか?」 「・・・ん」 シエルが寄り添うと、セバスチャンはその頭に手をやり、艶やかな髪を梳くように撫でた。 「それにしても・・・指輪を贈るなんて、まるで・・・」 「プロポーズのようですねぇ」 「ッ、そうだな」 もごもごと言えずにいた自分が馬鹿みたいに思えるほど、セバスチャンは、さらりと言ってのけた。 シエルが一人頬を染めていると、頭を撫でていたセバスチャンの手が、頬へと滑り落ちてきた。 一つ、触れるだけの口付けが落とされる。 「坊ちゃん。この指輪に、貴方の魂に誓います」 どこまでも坊ちゃんのお傍におります 最期まで――― END 【あとがき】 結婚がテーマなのに、暗めのお話になってしまい、申し訳ないです>< 指輪のお話は、いつか書いてみたかったので^^; ここまで読んで下さり、ありがとうございました!! 良野りつ PR |
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「セバスチャン、変な所はないか?」
朝から露出は苦手なのにと文句を言われ、ご機嫌斜めではありましたがスタジオに着き控室へ入ればソワソワしだして鏡と睨めっこを繰り返されるシエル。 「はい!360度どの角度から見ても完璧ですよ!とても、素晴らしいです!!」 私の言葉を聞き安心するシエルの可愛いらしさといったら…嗚呼、この場が寝室なら確実に押し倒していますのに! 「Newlyweds!②」 私の葛藤は本番直前まで続きましたが、なんとか耐える事が出来ました。 スタッフの方に呼ばれシエルと共にスタジオへ移動するも、シエルは余程緊張しているのか私の手を握り締めてきました! 「シエル?」 「…き、緊張して…上手く歩けないから……それに、安心するから…手、繋ぎたい…」 嗚呼、この初々しさに万歳!グッジョブ私!! 出演する事を必死に頼み込んで良かったです。シエルの姿を見ていて自分を褒めたい気持ちになりました。 「さぁ、シエル行きましょうか。段差があるのでお気をつけ下さいね?」 音楽が鳴ると同時にスタッフの合図があり前へと進み、司会者へ挨拶すると向かいにある椅子へ座るもシエルは立ち尽くしたままで…余程、緊張されているのですね。 「シエル、座って大丈夫ですよ。カメラの事は意識せず、いつもの貴方で…」 立ち尽くしたままのシエルに小声で話し掛ければ慌てて座り、俯いています。 まさか、これ程までに緊張されるとは思いもしなかった為…少し、可哀相になってしまいました。 「先ずは、自己紹介からどうぞ!」 司会者の方から自己紹介するようにと言われるとビクッとシエルの肩が跳ね上がり、安心させようと手をギュッと握り締めて差し上げました…嗚呼、食べてしまいたい! まぁ、流石にこの場で押し倒したりしたら一生、嫌われそうなので我慢しますが… 「私は、セバスチャン・ミカエリスです。年齢は…秘密です。職業は執事です」 会釈をしながら答え、シエルも自己紹介するようにと肩を軽く叩いて促せば耳まで真っ赤にして消え入りそうな小さな声で話して下さいましたが…残念ながら、マイクがシエルの声を拾えてません。 私の耳にはちゃんと聞こえてますけどね!マイクごときに負けるわけがありません!! 「彼はシエル・ファントムハイヴ。年齢は13歳で職業は玩具メーカーの社長であり、私の御主人様でもあります」 にっこりと笑みを向けて話せば司会者の方は何故だか驚かれているご様子… 何か問題発言でもしましたかね? 「…彼、本当に13歳なんですか?本当なら貴方、犯罪者じゃないですか」 「いえ、私はあくまで執事ですから」 私が最高の笑顔を浮かばせながら即答すれば周りはシーンと静まりかえってしまいました…おやおや、放送事故扱いされてしまいますよ?生放送でなくて良かったですねぇ。 「…え、あ……僕!こう見えて20歳なんです…セバスチャン、僕を永遠の13歳だと…ははは……」 突然の言葉に私は驚き、シエルへ視線を移すと同時に足を思い切り踏まれました…黙っていろという合図ですね。 しおらしい姿も素敵ですが、やはり気の強い方がシエルらしい。 「驚かさないで下さいよー、セバスチャンさんが真顔で言うから皆驚いたじゃないですか!」 私は嘘は言いませんのに…不満に思うもシエルからの「黙っていろ」という痛いぐらいの視線に黙るしかありませんでした。 「さっき、職業の時に執事と御主人様と言われてましたが…出会いはやはり職場ですか?」 「あ、違いますよ。シエルとの出会いは儀式で悪魔を召喚ふがっ!」 「セバスチャンは少し妄想癖があって…すみません」 シエル…酷いです。 クッションが顔へ勢い良く押し付けられたせいで整えた髪型が崩れてしまったじゃないですか…しかも、素敵な運命の出会いを妄想で片付けられてしまいました… 「セ、セバスチャンさんはユーモアのある人なんですね…」 司会者の方もきっと聞きたかった筈ですのに…残念です。 「お二人の付き合いだした経緯は?」 フフ、今まで途中で止められた分を此処で発揮させて頂こうではありませんか! 「それは勿論、私が空腹から我慢出来ずに無理矢理押し倒してしまった事から始まりですね、味を占めてしまった私は毎夜シエルの部屋へ夜這いに…そして、私はシエルを抱く内にそれは空腹を満たす為ではなく愛だと感じたのです!そして、告白したものの中々シエルには受け入れてもらえず…毎日が盗撮、視姦、シエルの使用済み物の回収でした……ですが、やっとシエルは私の気持ちを受け入れて下さり無事交際がスタート致しました」 おや、またシーンとなってしまいましたね…少し興奮気味に話してしまったからでしょうか? 隣のシエルへ視線を向ければ呆れたように私を見つめていました。 「私、何かやらかしました?」 「やらかし過ぎて…フォローする暇もなかった…」 撮影は何故だか途中で中止となり、スタジオから出て行く際にはシエルがスタッフ達や司会者の方から励まされていました。 「全く、何がいけなかったのか…ありのままをお話ししようとしただけですのに……」 折角、私とシエルの新婚記念になると思いましたのに… 「セバスチャン、待て!僕を置いて帰るつもりか?」 私の元へと駆け寄ってきたシエルへ視線を向ければ溜息をつかれてしまいました… 「全く、貴様は馬鹿か…馬鹿正直に答えて……」 「ですが、本当の事を言いたくて……私にはシエルとの素晴らしい思い出の数々なのです…」 「…分かったから、そんな顔するな。ほら、スタッフが参加の記念にとくれた物だ」 「おや…これは!」 シエルから手渡された袋を開ければ、中にはYES・NO枕が入っていました。 「撮影は中止になったが…僕はセバスチャンと過ごせる事が幸せだから……別に、記念とか必要ない…」 「シエルっ!」 なんて可愛いらしいのでしょう! 可愛いらしさに我慢出来ず、シエルを抱き上げると急いでマイホームへと光速の速さで帰宅致しました。 「あ!シエル、折角ですし先程スタッフの方から頂いた枕を使いましょう!」 着いて直ぐに寝室へと直行し、ベッドにシエルを押し倒しているのですが…恥ずかしそうにYES枕を私へ向ける姿が見たいと思った私はシエルへ袋ごと渡しました。 「…さぁ、YESまくぶふぉっつ!」 「NO!に決まっているだろ…全く、雰囲気をぶち壊して……昨日の躾だけでは足りなかったみたいだな!」 ベッドの上に仁王立ちして私を見下ろすシエル…確かにがっつき過ぎたのは認めますがシエル不足なのです。 控室の時からずっとムラムラしてるんですから! 「…っ、シエルー…」 「……夜まで待てれば…YES枕にするから…我慢しろ」 「シエルーっつ!大好きです!!」 嬉しくてシエルに飛び付けば重い苦しいと怒鳴られてしまいましたが…夜までお預けなので今の内にシエル補給です。 「シエル、有り難うございます…スタジオでの言葉、とても嬉しかったですよ」 「……何を言ったか忘れたな…」 照れくさいのかベッドの傍にある棚から本を取り出して読むシエル。 「ねぇ、シエル…私もシエルと一緒に居られるだけでとても幸せですよ」 「…そうか」 素っ気ない返答ですが声色から嬉しいという感情が伺え、私の表情は緩みそうになってしまいます。 「シエルは…幸せですか?」 「………幸せに決まっているだろ…分かりきった事を聞くな馬鹿…早く、おやつを持ってこないと夜もNO枕を投げ付けるぞ!」 「フフ、有り難うございますシエル。愛するシエルの為に頑張って作ってきますからね!」 新婚記念にテレビ出演し、思い出を作ろうと思いましたが…毎日が思い出なのですから私達には必要なさそうですね。 end... ------------------- 「Happy Wedding」という素晴らしい参加させて頂き有り難うございました。新婚、実に素晴らしい企画であります!! 新婚=某番組でして…参加させて頂く事になってから私は某番組ネタを使おう!と思っていました。 ただ、書き終えてから心配になった事がありまして…某番組って関西だけじゃないですよ…ね? 関西弁は苦手な方がいらっしゃるかもと思い標準語ですが、実際の某番組では司会者の方はばりばりの関西弁です。 最後まで読んで下さり有り難うございました。 |
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私と坊ちゃんがお忍びで結婚し、早いものでもう六ヶ月という月日が経とうとしています。
幸せな日々が続くと月日が経つのは本当に早いものです…そこで、私は過ぎていく日々を特別なものにしようと色々と考えていました。 特別なものにする為にはと悩んでいたのですが、ある日偶然テレビを見た時にその方法を見付ける事が出来ました。 その方法を実行するにはまず、マイラブリーハニーに相談です! 「Newlyweds!①」 「坊ちゃ…いえ、マイラブリーハニーシエル!折り入ってお願いがあるのですが…聞いて下さいますか?」 お願いを快諾して頂く為にと用意しておいたフルーツタルトを差し出しながら尋ねかけるも何故だか睨みつけられてしまい、不思議に思い首を傾げれば溜息…私、何か仕出かしたのでしょうか? 不機嫌ですと了承どころか話しをまず聞いて頂く事が難しいのです…困りましたね。 「あの…私、気付かない内に何か仕出かしてしまいましたか?」 様子を伺いながら尋ねかければ可愛いらしい口から深い溜息が漏れ出しました。 「…その、長ったらしい呼び方で僕を呼ぶのを止めろ。何がラブリーハニーだ、変な名前をつけるな……それを止めたら話しを聞いてやる」 嗚呼、機嫌が悪いのかと思っていましたが…照れていたのですね! 良く見てみるとお顔がほんのり赤みを帯びていました。 触れたい吸い付きたいという願望を必死に堪えるのが大変です。 「フフフ、マイハニーは照れ屋さんですねぇ…」 「照れてない!あー、もう…シエルで良い!これからは…その、シエルと呼べ…」 「おや、名前で呼ばれたいのですか?」 「…っ!う、うるさいっ!!」 おやおや、名前で呼ばれたいというのは図星でしたか。 坊ちゃん…いえ、シエルは本当に可愛いらしい。私は世界一だけではなく魔界一の幸せ者です。 「セバスチャン、早く用件を言え!僕は暇じゃないんだぞ!」 喜びに浸っていると用件を言うようにと催促されてしまいました。 シエルってば、せっかちさんなんですから…ですが、そんな所も愛おしいですけど! フフ、惚気てしまいました…が、そろそろ言わないとご機嫌ななめになるのでお話ししましょう。 「シエルにお願いしたい事がありまして…人間界の長寿番組にシエルと共に出演したいのです。結婚してから三年以内の夫妻が対象で…その番組に出るのは今しかないのです!」 「別に今でなくても良いじゃないか…まだ半年経ったばかりだろう?」 結婚してから半年経ったと覚えて下さっていた事に感動しましたが…絆されては駄目です。 「悪魔の三年は早いのです…本当にあっという間に過ぎてしまうのですよ?」 「面倒だし家でケーキでも食べながらその番組を見ている方が良い」 「シエル、所帯じみたことを言わないで下さいよ!まだ新婚ですよ?シエルは私の新妻なのですよ?」 まさかの即答。 まぁ、アクティブな方ではありませんしメディア露出されるのも苦手ですからね…断られる覚悟はしていましたが即答ですと説得出来るか不安になって参りました…… ですが、どうしても今回ばかりは譲れないのです! 「シエル、お願いします…どうしても貴方と出演したいのです……私に新婚の喜びを思い出として残させて下さいませんか?私…今まででこんなにも幸せを感じたのは初めてなのです……どうしても駄目ですか?私の滅多にない願いを聞いて下さいませんか?」 真剣に語りかければ私の勢いにたじろぐシエル。 シエルはなんだかんだで私に弱い…本当に可愛いらしいですねぇ。 「分かった…出る……出れば良いんだろう……」 「シエルー!有り難うございます!有り難うございます!大好きです!!」 「だ、抱き着くな馬鹿…」 これで無事シエルと共に出演する事が出来ます! 駄目元でも言ってみるものですね。 「だが、出演するには応募が必要なんじゃないか?」 「あ、ご心配には及びません!既に出演出来るように手は打っていますから!」 「…え?」 出演出来るようにと応募し、見事勝ち取ったハガキを胸ポケットから出して誇らしげにシエルへ見せれば「騙された」と呟きが聞こえましたが気にしません! 悪魔たる者、欲求には忠実に!尚且つ、用意周到に!ですよ。 「あ、シエルシエル!明日に出演予定なのでお願いしますね!」 疲れたと言われ自室へ戻ろうとするシエルに重要な事をお伝えし忘れていたので追い掛けて話したわけですが…振り向いたシエルの顔は……それはもう、とても怖いお顔でした。 「…なっ!あ、明日だと!?貴様、ふざけるな!新婚だからと甘くみていたら…躾直す必要があるみたいだな!」 「あ、あの…明日はテレビ出演で…その、出来るだけ顔は止めて頂けると有り難いのですが…」 「黙れ、問答無用だ!この…あっ、待て!逃げるなセバスチャン!!」 「シ、シエル!ストップストップ!落ち着いて下さいーっ!!」 その後、私はシエルからの愛の鞭に打たれたりと大変な思いをしました…自業自得なのは承知ですけどね。 * 「ふぅ…、シエルの女王様気質は健在なのですね」 「そう言うお前も変態気質は健在じゃないか。鞭打ちで気持ち良さそうな顔をしていたぞ?」 眠っていると思っていたシエルが目を開けて私へ苦笑い混じりに話す…確かに、少し感じましたけどね。 「気のせいですから!私、感じていませんよ!!」 「そうか?」 「気のせいと言ったら気のせいです!それより早く眠って下さい、明日は早いですし…早く眠って下さらないとシエルがこんなに近くにいるので私、ムラムラしてしまいます」 「お、おやすみっ!もし、寝ている間に変な事をしたら出演するという話しは無しにするからな!」 「そんなに慌てなくても…少し傷付きます」 私に背を向けてしまうシエルに苦笑い混じりに呟き、眠りやすいようにとシエルの頭を撫でれば暫くするとスースーと可愛いらしい寝息が聞こえてきました。 バタバタしましたが無事、出演へと漕ぎ着く事が出来き一安心です。 明日の為にも私も準備をしなくてはいけないので名残惜しいですが、シエルから離れ洋服を選んでいきました。 「シエル、明日は全国のお茶の間の皆様に私とシエルのイチャイチャっぷりを見せ付けましょうね?」 「んー…んぅ……」 世界一幸せな新婚さんは私達に決まっています! 「あ、そういえば…出会いのきっかけや結婚生活に至るまでのエピソードを語る事をシエルからの躾を受けていたせいですっかり伝え忘れていましたね…また怒られてしまいますかねぇ……明日は覚悟しておかなくては…」 →next |
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ちらりとみえる蒼が目に毒だ。 僕を奴の懐へと堕とし 深く深く奥底まで誘い込む。 逃れる術など、僕は持ち合わせていないんだ。 Engraved in my body and mind. |
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LINK どれくらいの時が、過ぎて行ったのだろう。 私の属する世界に、主と共に帰って来たのは、最近の事のようでもあるし、 もう、はるか昔の事のようでもある。 主は悪魔に転生してからも、自堕落に過ごすのを嫌って、 人間の時と同じように、一日を24時間で過ごす。 目覚めから、就寝まで、私の懐中時計が無駄になることはなかった。 人間の食事は必要ではないのだけれど、習慣として、 また、味覚が残されているので、数少ない楽しみとして摂取するのだ。 だから、私の屋敷を再生する時、厨房を新たに加えなければならなかった。 そしてまた、定期的に人間の世界に赴いて、食材を調達することも必要になった。 その時には、気晴らしを兼ねて、主を連れて行く事にしている。 自分の存在を欠いてからの人間の世界を、主は、ただ静かな目で見ているだけ。 少しずつ、季節が移ろい、時が移ろい、何もかもが色を変えていく。 何一つ変わる事のない私たちを置いて。 かつて、あちら側の時間の中にいた主が、何を思っているのか、私は訊ねる事をしない。 それを聞き出したところで、どうする手立ても無いのだから。 私は、主の傍近くを離れず、寄り添うだけ。 主も、それ以上を望まない。 今はまだ、この距離を保っている。 あの時、決められてしまった未来を、私は、受け入れられるようになったばかり。 自分の立ち位置を、悪魔たる私が、まだ決めかねている。契約を交わした主従であっても、以前のそれとは、異なってしまった。 幾多の不安、数多の葛藤を超えて、ここに留まると決めた主。 殆ど永遠ともいえる悪魔の生を、死なずに生きる事にした。 悪魔の生を終わらせる気なら、水底に沈んだ悪魔の剣を探させれば済むのだ。 命令一つで、私は、その魔剣を彼の前に差し出すのだから。 けれど、主は、そうしない。 退屈を嫌う子供が、退屈の繰り返しに身を任せるという。 そんな生き方を彼にさせる為に、その魂を取り戻したのではない。 私の失態が、私の執着が、彼を悪魔に転生させるきっかけになってしまった。 深い後悔に苛まれ続ける私は、 離れて行く事など考えられないのに、その手を取れずにいる。 なのに、私の手の届く位置に居続けてくれる主が、嬉しかった。 いつか来るかもしれず、永久に来ないかもしれない、解氷の時を待つかのようだ。 何も言わずに、その後ろ姿だけで、私に許しを与えてくれる主。 言葉では私に与えられないものを、主は、そっと手渡してくれるのだった。 私は、その主に報いたくて、主の数少ない望みを叶えてやりたいと思う。 主好みの新作スイーツのレシピを入手してみたり、 主の気に入りそうな、他の色味を含まない白い薔薇の新種の苗を取り寄せてみたり、 “シエル・ファントムハイブ伯爵”に仕えていた時と変わらず、 私は、主が心地よくあるようにと心を砕く。 書店で本を物色する姿も、玩具店で新商品を試す姿も、 人間であった時と何も違いは無いけれど、時間の流れは彼に干渉しない。 時代が変わってさえ、同じままなのだ。 同じ年頃の男の子より、いや、女の子よりも華奢で小柄な姿は、成長することが無い。 丸みを残す輪郭、長い睫に縁どられた大きな瞳、透き通るように白い頬、 薄紅色の、ふっくらとして瑞々しい唇。 生意気で傲慢な物言いもあの頃のままに。 ある日、ふと気付いた。 毎日、その同じ行動を見ていただろうに、私は目に映すだけで見てはいなかったのだ。 主は、何かの拍子に左手の親指の付け根に右手で触れる。 今は失われた、青い宝石の嵌った指輪が、かつてあった場所。 主は、自分のその癖を、気付かずにいる。 転生して後のこの人を、私はきちんと見ていなかったと思い知らされた。 こんな癖を、あの頃の私なら決して見逃したりしないのに。 何という愚かな執事だろう。 苦笑する事さえ面はゆいくらいに、私は愚かだった。 あの出会いの日、私と主の歩く道はリンクした。 簡単には離れないリンクと知っていたが、それは、主の願いが叶うまでの時間、 私に取っては犬の欠伸程の間だと思っていた。 覚えている気も無く、数える事も無理な数の人間たちと契約を交わし、 願いを叶えれば、何を思う事も無く、当たり前に魂を喰らってきたというのに・・。 どの位の長さを生きて来たのかさえ定かでない私が、 これまでの生で覚えのないほどに執着したのが、主だった。 執着、固執、頑なに求めて已まないこれは、こころ?かんじょう?おもい? 何と呼ぶのかは知らないが、真っ直ぐに、激烈な何ものか。 主を傍に置いておきたい。 主の傍らに居続けていたい。 動かない人形のような主でさえ、そう思う。 しかし、私の本心からの望みは、生きて動く主との日々。 碧とアメジストの瞳に、私を映してほしい。 少年らしい高めの凛とした声に、彼の付けた私の名を呼ばれたい。 温かな主の体温に触れたい、触れられたい。 猫の目のように目まぐるしく変わる表情を見ていたい。 小さな背中を視界に収め続けていたい。 柔らかな頬の感触、抱き上げた主の軽さ、私の頸に回す腕の細さと力強さ。 そんな何もかもを、取りこぼす事無く全て、私のものにしておきたい。 そして、最も美味な状態となった主の魂を、私の内に取り込みたい。 私の最上の主との契約を、確かに成就させてやりたいのだ。 その為にこその、嘘まで吐いての毎日だったのに。 取り戻した主を人外のものにしてしまい、 つまりは、彼の望みを果たせなくさせてしまった事への後悔。 胸を掻き毟られる。 その余りの苦しさに、主を見失っていると気付かなかった。 いつから、指輪を無くしたままの指に触れる癖が付いていたのか。 そんな事にすら、意識が向かなかったとは。 主の指にあった指輪。 3年間、主の指にあったそれには、碧い色の透明な宝石が輝いていた。 外光に当ててから急に暗い所で見ると、暫くの間、赤く輝く。 その不吉にして妖しい美しさから、幾多の伝説を持つとも言われる。 発見当時の巨大さから、いつの間にか半分程に分割された石は、 一つは歴史の表舞台で、片割れの方は、闇の世界で受け継がれ続け、 主の家系では、主が最期の所有者であった。 紋章の刻まれた金の指輪と共に、主は、その指輪を外したのだ。 もう、永遠に戻る事の無いあの屋敷に、古い殻を脱ぐように、置き去りにした。 何もかもから解き放たれた証明のように。 いつもと何も変わりの無い日。 主は、薔薇園を散策していた。 他の色味を含まない白の薔薇と、こちらの世界にしか咲かない濁りの無い碧い薔薇。 主は、この碧い薔薇と白い薔薇のコントラストを気に入っているらしかった。 よく、薔薇園の東屋に来ては、本を読んだり、思索に耽っていたりしている。 咲き誇る薔薇の中、主は薔薇より美しい。 私とした事が、よくもまあ、こんな美しいものを見失っていられたものだ。 主が、こんな事で本質を変えてしまうような人ではないと、 充分に知っている筈だったのに。 何も付け加えられていない、何も喪失していない、 私が魅せられ求めた、あの日々のままの主が、ずっとここに居たのに。 最大の望みを叶えてやれなくなったなら、 もう一つの、意識に浮上するかどうかの塵ほどの小さな望みを成就させよう。 私の大事な主の為に。 ゆっくりとした歩調の主に追いついて、声を掛けた。 「坊ちゃん。」 振り向いた主は、満足そうな笑みを湛えている。 「やっと正気に戻ったのか?」 この人は、私が彼を呼ぶ声だけで、変化を読み取ってみせた。 心臓が、引き絞られる。 眉尻を下げて苦笑した私。 「そのようです、坊ちゃん。」 主は、フンと鼻で笑う。 「主を放っておいたまま、随分と長い不在だったな。」 からかう笑顔を浮かべるのも、久しぶりに見た気がした。 膝を折り、主の前に跪く。 心持ち顎先を上げるようにして私を見下ろす主の強い瞳は、碧。 口角を持ち上げて、ニヤリと笑っている。 「坊ちゃん、長い間お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。 やっと、本当にお傍に戻って参りました。」 頭を垂れ、胸に恭しく手を当てて、帰還の報告を奏上する。 「自分が躾けた犬には責任を持たないとな。」 ぶっきらぼうに言う主だが、機嫌の良さそうな事など、今の私には苦も無く分かる。 一歩、私に近付いた主が、私の頭をその胸に抱え込んだ。 言葉は無いが、それで過不足なく充分だった。 小さな主の狭い腕の中は、とてつもなく広い。 悪魔の私でさえも受け止めてしまえるのだから。 薔薇の芳醇な香りに辺りが満たされていても、主の香りに酔う。 ここに、主が確かにいる。 細い腕の、抱き締めてくる強さ。 私は、主の胸に頭を抱え込まれたまま、主の背に腕を回した。 許しを請う弱々しさだったかもしれないし、 長く離れていた時間を埋めようとする荒々しさだったかもしれない。 私の腕が主を抱き留めた時、主の声が、私の名を呼んだ。 「よく帰って来たな、セバスチャン。」 囁くような主の声が、甘い。 更に、これ以上に、私はこの人に魅せられて、どうすればいいのだろう。 離れられない、それ以上は、もう融け合うしかないではないか。 「坊ちゃん、ずっと、お傍におります。」 主の頬が、私の頭に重ねられる。 「嘘を吐くことは許さないと、あれだけ何度も言っておいたのに。 まったく、とんだ駄犬を拾ったものだ。 いいか、セバスチャン、2度目は無いからな。 ずっと、僕が生きてある限り、僕の傍を離れる事は許さない。どんな事があっても。」 主は、自分の言葉が、永遠の誓いともとれるものだと気が付いていないのか。 私をドキリとさせる事を、こんな風にするりと言ってのけたりして。 では、気付かせてみようか。 「坊ちゃん、私はずっと貴方のお傍におりますよ。 どんな時にも、どんな事があっても。 貴方が、健やかなる時も、病める時も、ずっとお傍に。」 声に笑いを含めずに言うのは、少々難しかった。 私は、主が、おかしな言い回しをするなと怒る声を待つ。 眉間に皺を寄せて、目を三角にする、ふくれ面の主を思い浮かべて。 胸に抱いていた私の頭を離した主は、けれど、不機嫌な顔ではなかった。 「可笑しなやつだな、何て顔をしているんだ。」 そう言う主の顔は、笑っていた。 切なくなるような、柔らかな微笑みを浮かべているのだ。 「・・坊ちゃん・・・。」 くすりと笑ったのは、私ではなく、坊ちゃんだった。 「こんな時に鳩が豆鉄砲をくらったような顔をするとは、デリカシーの無いヤツだ。 こういう時の作法も知らないのか?」 主は、真っ直ぐに私の瞳を見詰めてくる。 「誓いの言葉の後、どうするのかも教えなければならないようなダメ犬、 僕以外の誰が好き好んで拾うものか。」 胸に当てていた手を、主の、柔らかな曲線を描く頬に伸ばす。 いつも、私の予想を裏切って見せた主は、またしても、私の予想の外だった。 そうして、私の心を鷲掴みにする。 「貴方のような方の執事は、私以外に勤まりはしませんよ。」 跪いた体制から伸び上がるようにして、主の唇に近付いていく。 碧い左眼、転生してからは赤味を強くしてワインレッドに染まった契約の右眼。 美しく澄んだ、主の瞳から目を離さない。 近付くほどに、主の瞳は赤味を増して、今や、本性の赤く輝く悪魔の瞳になった。 あの碧い宝石のように、赤い燐光を放つ瞳。 私が、目を逸らしつづけてきたもの。 本来の道から、ある日突然に、考えてもみなかった道へと連れ去られて、 命を終える望みさえも絶たれてしまった主。 いっそ、あのままゆらゆらと眠りの揺り籠の中にいさせれば、 主は安寧だったろうかと煩悶する日々。 無理矢理に引き戻したばかりにと、どんなに悔やんでも悔やみきれずに、 自分の思索にばかり気を取られ、主がどう思っているのか、 どう感じ、どうする気でいるのかを、考慮に入れていなかったのだった。 いつまでも過去に拘っていたのは、私。 主は、悪魔としての命を生きる事を、とうに受け入れていたのだ。 永遠とさして違わない長さの生、 飽きるほどの時間を、ずっと、私の生とリンクし続ける覚悟をして。 彼は、与えられたのではなく、選び取ったのだ。 何処へでも連れて行けとの言葉は、そういう事だったのに。 人間でも、悪魔でも、行き着く先は同じ。 その行き着く先まで、ずっと、傍らにあり続けていくという覚悟。 それを理解できなかった愚かな執事は、心を不在にした。 こんな私の帰還を、どれ程長く待っていてくれただろう。 必ず戻って来ると、殆ど確信していたに違いないと思う。 そういう人なのだ、この人は。 妖しく輝く赤い瞳の主も、美しい。 唇が触れる寸前まで、私と主は見つめ合っていた。 柔らかい感触が、唇を満足させる。 触れて、離れて、また触れて。 次第に深まるキス、高まる熱、上がる息。 主に呼吸をさせる為に、少し唇を離す。 「・・はあっ・・・。誓いの・キス・・にしては・・・激しい・・な。」 荒い呼吸から紡がれる言葉は切れ切れで、艶めかしい。 見詰めてくる潤む瞳は、私を誘う。 このまま、ここで?それとも、屋敷に戻ってから? 私は不埒な考えを巡らせる。 「坊ちゃん・・。」 引き寄せられるように再度唇への接触を求めようとすれば、 主の指先が私の唇に留まる。 「儀式は、あくまでも儀式だ。けじめはつけなければな。」 悪戯な顔は、口角を上げて笑っている。 「イエス、マイ・ロード。」 胸に手を当て頭を垂れた私だが、立ち上がりざま主の体を掬い上げた。 「うわっ!」 私が主を落としたりするはずもないのだが、主は、急な体勢の変化に驚いて、 私の頸にしがみ付きながら声を上げる。 零れんばかりに見開いた目の子供っぽさが、私を笑顔にしてしまう。 「くすっ。そんなに驚かなくても、私が坊ちゃんを抱き上げるのは、 今に始まった事ではないでしょう?」 人間であった頃の主を、数えきれないくらいに抱き上げた。 囚われるのが得意な主を助け出す為、運動が嫌いで持久力のない主と共に逃走する為、 執務室や図書室で居眠りをしてしまった主を寝室へと運ぶ為。 「忘れた、そんな昔の事。」 私の胸に顔を隠す主のその言葉は、私が、この人を一人にしていた時間の長さを物語る。 傍近くにありながら、心を寄せていなかった時間。 いや、心を寄せていなかったのではなかったが、 少し遠くから見ていたのだ。 その手に触れる事も出来ないと、勝手に遠ざかっていた私。 「もう、2度と忘れさせません、坊ちゃん。」 ミッドナイトブルーの髪に口付ける。 主は、私の懐に潜り込もうとするかのように、私の肩に額を強く押し当てた。 私の美しい宝石は、その色を変えたわけではなかった。 見え方が変わっただけ。 赤い燐光は、この世界での見え方。 それだけの事だ。 あの日、二度と戻れない一歩を踏み出した私たち。 主と、私。 与えられた一歩には、大きな抵抗を感じる事を禁じ得なかったが、 今から始まる一歩は、二人で選び取った一歩。 迷わず、戸惑わず、決して引く事無く、ただ、二人して前に進んで行くだけ。 融けそうな程に寄り添って。 永遠と殆ど同義の、長い悪魔の生を。 私たちは、互いの伴侶として生きていくのだった。 End 注釈・・ファントムハイブ家に伝わるとされるブルーダイヤ、“ホープ・ダイヤモンド”は、 紫外線を当てると、1分以上も赤い燐光を放つのだそうです。この理由は、未だ に解明されてはいないそうです。ちなみに、青い色をしているのは、ダイヤが結晶する 地底深くでは、非常に稀なことながら、不純物としてホウ酸を含むからだと書いてありました。 さすが、伝説になる宝石だけの事はありますね。謎が多い。 |
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