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※R18で道具を使用しているシーンがあります。 ※黒執事登場人物以外の人名は、全て実在した人物の名前です。 1.Frou Frou ―衣擦れの音 朝、起きると指輪が嵌まっていた。 二、三度向きを変え、光に透かして石を眺めた。 妖精の棲む森の霧が踊って、その姿が湧水に映っているような、月長石の美しい指輪だった。左手の薬指に嵌められていた。 (『月に誓って』…か?) シエルは夜具を被ったまま指輪を眺めて考えた。絹の擦れる音以外には何も聞こえない、静かな朝である。 セバスチャンはいない。 シエルは悪魔になってからも、なんとなく人間だった頃の習慣が抜けず睡眠をとるようにしていたが、セバスチャンはその間‘食事’に出かけているようだった。 そっと、指輪に口付ける。 (あいつも、したかもしれないな) シエルは顔を赤らめ、夜具に潜り込んだ。 次の朝、起きるとまた指輪が嵌まっていた。銀色の台に、太陽を頂く大海原のようなアクアマリンが燦然と輝いていた。 セバスチャンは隣で横になっていたが、シエルが目を覚ましたのに気付き、優しく微笑んだ。 「おはようございます、坊ちゃん」 朝のキスは甘い。 身体の何処かにはびこっていた飢えが癒されるように思った。未だ魂を食すことを知らないシエルのために、セバスチャンが自分を通して満たされるようにしているのかもしれなかった。 「…寝顔を見るなんて、悪趣味だな」 「ベッドを分けたいですか?」 「嫌だ」 「私も」 んん、とよく知っている胸に額をこすりつける。衣擦れの音さえ二人を邪魔する気がして、セバスチャンの着ているシャツのボタンを外すと直接頬をつけた。 住みなれた屋敷を捨てて始めた、二人だけの生活。もう一年になるが、満ち足りた日々が続いていた。 「…次は、嵌められる前に起きる。綺麗な指輪だ…」 「気に入っていただけましたか」 「ああ。…当ててみせようか、明日はきっと、アメジストだろう?」 「さあ、どうでしょう」 翌朝、シエルはいつもより少し早めに目を覚ました。魔界の鳥がまだいくつも起き出していない暗がりの中で、大きな瞳を開いて白い手を顔の前に翳した。指輪はなかった。いささかがっかりして、それでもクリスマスの朝の子供のように枕元を探すと、柔らかな紙に手が触れた。 『私の形:半月形 私が活躍する場所:パーティー 私の格言:蝶 私の敵:禁欲 私の主題:イエスとノーの間』 シエルは夜具を跳ね退けて、真っ白なクロスを掛けた大きなテーブルの上を隈なく見た。 それは揺れるカーテンの下に、波打ち際の貝のように見え隠れしていた。透かし彫りの象牙に金箔を押した細長い箱で、中には、思った通り小さな扇が入っていた。 白い親骨にはダイアナの花―貞操を表すイタリアニンジンボクが彫られている。三層に張られた絹の面に描かれているのは『夏の夜の夢』の一場面だった。親骨から垂れた紐の先に、小鳥の卵のようなローズクォーツがぶら下がっていた。 シエルは扇の紐を手首に巻き、ライサンダーと手を取り合うハーミアの黒い髪を見つめた。いつの間にか来ていたセバスチャンが、後ろからそっと手を添えた。 「…私の花はほほのばら色、私の理想はトリアノン。…全て答えが『扇』になるなぞなぞだ」 「坊ちゃん、扇ことばというものをご存じですか?」 「扇ことば?」 「ええ、…例えば、開いた状態で左手に持つのは『私に話しかけに来て』…閉じた扇を心臓に当てるのは『あなたは私の心を射止めた』といった具合に」 「図々しいぞ、というのは」 セバスチャンは扇をパタパタと閉じさせ、フェンシングの突きのように宙を威して見せた。カーテンの裾が舞い上がり、ローズクォーツが朝の光を弾いた。シエルは振り返って、半開きの扇で下唇を叩いた。黒いシャンティレースの袖口にローズクォーツが隠れた。セバスチャンは細い手首を握って指先で紐を弄び、誘いに応えた。時折唇を離して「飲み込みが早いですね」等とからかうのも忘れずに。 「今日はそれを持って、人間の世界に遊びに参りませんか」 「人間の世界の…どこへ?」 「一年前に開店した、ムーラン・ルージュへ」 →next PR |
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