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【2024/05/07 16:45 】 |
LINK/たままはなま

LINK

どれくらいの時が、過ぎて行ったのだろう。
私の属する世界に、主と共に帰って来たのは、最近の事のようでもあるし、
もう、はるか昔の事のようでもある。
主は悪魔に転生してからも、自堕落に過ごすのを嫌って、
人間の時と同じように、一日を24時間で過ごす。
目覚めから、就寝まで、私の懐中時計が無駄になることはなかった。
人間の食事は必要ではないのだけれど、習慣として、
また、味覚が残されているので、数少ない楽しみとして摂取するのだ。
だから、私の屋敷を再生する時、厨房を新たに加えなければならなかった。
そしてまた、定期的に人間の世界に赴いて、食材を調達することも必要になった。
その時には、気晴らしを兼ねて、主を連れて行く事にしている。
自分の存在を欠いてからの人間の世界を、主は、ただ静かな目で見ているだけ。
少しずつ、季節が移ろい、時が移ろい、何もかもが色を変えていく。
何一つ変わる事のない私たちを置いて。



かつて、あちら側の時間の中にいた主が、何を思っているのか、私は訊ねる事をしない。
それを聞き出したところで、どうする手立ても無いのだから。
私は、主の傍近くを離れず、寄り添うだけ。
主も、それ以上を望まない。
今はまだ、この距離を保っている。
あの時、決められてしまった未来を、私は、受け入れられるようになったばかり。
自分の立ち位置を、悪魔たる私が、まだ決めかねている。契約を交わした主従であっても、以前のそれとは、異なってしまった。
幾多の不安、数多の葛藤を超えて、ここに留まると決めた主。
殆ど永遠ともいえる悪魔の生を、死なずに生きる事にした。
悪魔の生を終わらせる気なら、水底に沈んだ悪魔の剣を探させれば済むのだ。
命令一つで、私は、その魔剣を彼の前に差し出すのだから。
けれど、主は、そうしない。
退屈を嫌う子供が、退屈の繰り返しに身を任せるという。
そんな生き方を彼にさせる為に、その魂を取り戻したのではない。
私の失態が、私の執着が、彼を悪魔に転生させるきっかけになってしまった。
深い後悔に苛まれ続ける私は、
離れて行く事など考えられないのに、その手を取れずにいる。
なのに、私の手の届く位置に居続けてくれる主が、嬉しかった。
いつか来るかもしれず、永久に来ないかもしれない、解氷の時を待つかのようだ。
何も言わずに、その後ろ姿だけで、私に許しを与えてくれる主。
言葉では私に与えられないものを、主は、そっと手渡してくれるのだった。
私は、その主に報いたくて、主の数少ない望みを叶えてやりたいと思う。

主好みの新作スイーツのレシピを入手してみたり、
主の気に入りそうな、他の色味を含まない白い薔薇の新種の苗を取り寄せてみたり、
“シエル・ファントムハイブ伯爵”に仕えていた時と変わらず、
私は、主が心地よくあるようにと心を砕く。
書店で本を物色する姿も、玩具店で新商品を試す姿も、
人間であった時と何も違いは無いけれど、時間の流れは彼に干渉しない。
時代が変わってさえ、同じままなのだ。
同じ年頃の男の子より、いや、女の子よりも華奢で小柄な姿は、成長することが無い。
丸みを残す輪郭、長い睫に縁どられた大きな瞳、透き通るように白い頬、
薄紅色の、ふっくらとして瑞々しい唇。
生意気で傲慢な物言いもあの頃のままに。



ある日、ふと気付いた。
毎日、その同じ行動を見ていただろうに、私は目に映すだけで見てはいなかったのだ。
主は、何かの拍子に左手の親指の付け根に右手で触れる。
今は失われた、青い宝石の嵌った指輪が、かつてあった場所。
主は、自分のその癖を、気付かずにいる。
転生して後のこの人を、私はきちんと見ていなかったと思い知らされた。
こんな癖を、あの頃の私なら決して見逃したりしないのに。
何という愚かな執事だろう。
苦笑する事さえ面はゆいくらいに、私は愚かだった。

あの出会いの日、私と主の歩く道はリンクした。
簡単には離れないリンクと知っていたが、それは、主の願いが叶うまでの時間、
私に取っては犬の欠伸程の間だと思っていた。
覚えている気も無く、数える事も無理な数の人間たちと契約を交わし、
願いを叶えれば、何を思う事も無く、当たり前に魂を喰らってきたというのに・・。
どの位の長さを生きて来たのかさえ定かでない私が、
これまでの生で覚えのないほどに執着したのが、主だった。
執着、固執、頑なに求めて已まないこれは、こころ?かんじょう?おもい?
何と呼ぶのかは知らないが、真っ直ぐに、激烈な何ものか。

主を傍に置いておきたい。
主の傍らに居続けていたい。
動かない人形のような主でさえ、そう思う。
しかし、私の本心からの望みは、生きて動く主との日々。
碧とアメジストの瞳に、私を映してほしい。
少年らしい高めの凛とした声に、彼の付けた私の名を呼ばれたい。
温かな主の体温に触れたい、触れられたい。
猫の目のように目まぐるしく変わる表情を見ていたい。
小さな背中を視界に収め続けていたい。
柔らかな頬の感触、抱き上げた主の軽さ、私の頸に回す腕の細さと力強さ。
そんな何もかもを、取りこぼす事無く全て、私のものにしておきたい。
そして、最も美味な状態となった主の魂を、私の内に取り込みたい。
私の最上の主との契約を、確かに成就させてやりたいのだ。
その為にこその、嘘まで吐いての毎日だったのに。
取り戻した主を人外のものにしてしまい、
つまりは、彼の望みを果たせなくさせてしまった事への後悔。
胸を掻き毟られる。
その余りの苦しさに、主を見失っていると気付かなかった。
いつから、指輪を無くしたままの指に触れる癖が付いていたのか。
そんな事にすら、意識が向かなかったとは。

主の指にあった指輪。
3年間、主の指にあったそれには、碧い色の透明な宝石が輝いていた。
外光に当ててから急に暗い所で見ると、暫くの間、赤く輝く。
その不吉にして妖しい美しさから、幾多の伝説を持つとも言われる。
発見当時の巨大さから、いつの間にか半分程に分割された石は、
一つは歴史の表舞台で、片割れの方は、闇の世界で受け継がれ続け、
主の家系では、主が最期の所有者であった。
紋章の刻まれた金の指輪と共に、主は、その指輪を外したのだ。
もう、永遠に戻る事の無いあの屋敷に、古い殻を脱ぐように、置き去りにした。
何もかもから解き放たれた証明のように。



いつもと何も変わりの無い日。
主は、薔薇園を散策していた。
他の色味を含まない白の薔薇と、こちらの世界にしか咲かない濁りの無い碧い薔薇。
主は、この碧い薔薇と白い薔薇のコントラストを気に入っているらしかった。
よく、薔薇園の東屋に来ては、本を読んだり、思索に耽っていたりしている。
咲き誇る薔薇の中、主は薔薇より美しい。
私とした事が、よくもまあ、こんな美しいものを見失っていられたものだ。
主が、こんな事で本質を変えてしまうような人ではないと、
充分に知っている筈だったのに。
何も付け加えられていない、何も喪失していない、
私が魅せられ求めた、あの日々のままの主が、ずっとここに居たのに。
最大の望みを叶えてやれなくなったなら、
もう一つの、意識に浮上するかどうかの塵ほどの小さな望みを成就させよう。
私の大事な主の為に。

ゆっくりとした歩調の主に追いついて、声を掛けた。
「坊ちゃん。」
振り向いた主は、満足そうな笑みを湛えている。
「やっと正気に戻ったのか?」
この人は、私が彼を呼ぶ声だけで、変化を読み取ってみせた。
心臓が、引き絞られる。
眉尻を下げて苦笑した私。
「そのようです、坊ちゃん。」
主は、フンと鼻で笑う。
「主を放っておいたまま、随分と長い不在だったな。」
からかう笑顔を浮かべるのも、久しぶりに見た気がした。
膝を折り、主の前に跪く。
心持ち顎先を上げるようにして私を見下ろす主の強い瞳は、碧。
口角を持ち上げて、ニヤリと笑っている。
「坊ちゃん、長い間お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。
やっと、本当にお傍に戻って参りました。」
頭を垂れ、胸に恭しく手を当てて、帰還の報告を奏上する。
「自分が躾けた犬には責任を持たないとな。」
ぶっきらぼうに言う主だが、機嫌の良さそうな事など、今の私には苦も無く分かる。
一歩、私に近付いた主が、私の頭をその胸に抱え込んだ。
言葉は無いが、それで過不足なく充分だった。
小さな主の狭い腕の中は、とてつもなく広い。
悪魔の私でさえも受け止めてしまえるのだから。

薔薇の芳醇な香りに辺りが満たされていても、主の香りに酔う。
ここに、主が確かにいる。
細い腕の、抱き締めてくる強さ。
私は、主の胸に頭を抱え込まれたまま、主の背に腕を回した。
許しを請う弱々しさだったかもしれないし、
長く離れていた時間を埋めようとする荒々しさだったかもしれない。

私の腕が主を抱き留めた時、主の声が、私の名を呼んだ。
「よく帰って来たな、セバスチャン。」
囁くような主の声が、甘い。
更に、これ以上に、私はこの人に魅せられて、どうすればいいのだろう。
離れられない、それ以上は、もう融け合うしかないではないか。
「坊ちゃん、ずっと、お傍におります。」
主の頬が、私の頭に重ねられる。
「嘘を吐くことは許さないと、あれだけ何度も言っておいたのに。
まったく、とんだ駄犬を拾ったものだ。
いいか、セバスチャン、2度目は無いからな。
ずっと、僕が生きてある限り、僕の傍を離れる事は許さない。どんな事があっても。」
主は、自分の言葉が、永遠の誓いともとれるものだと気が付いていないのか。
私をドキリとさせる事を、こんな風にするりと言ってのけたりして。
では、気付かせてみようか。
「坊ちゃん、私はずっと貴方のお傍におりますよ。
どんな時にも、どんな事があっても。
貴方が、健やかなる時も、病める時も、ずっとお傍に。」
声に笑いを含めずに言うのは、少々難しかった。
私は、主が、おかしな言い回しをするなと怒る声を待つ。
眉間に皺を寄せて、目を三角にする、ふくれ面の主を思い浮かべて。

胸に抱いていた私の頭を離した主は、けれど、不機嫌な顔ではなかった。
「可笑しなやつだな、何て顔をしているんだ。」
そう言う主の顔は、笑っていた。
切なくなるような、柔らかな微笑みを浮かべているのだ。
「・・坊ちゃん・・・。」
くすりと笑ったのは、私ではなく、坊ちゃんだった。
「こんな時に鳩が豆鉄砲をくらったような顔をするとは、デリカシーの無いヤツだ。
こういう時の作法も知らないのか?」
主は、真っ直ぐに私の瞳を見詰めてくる。
「誓いの言葉の後、どうするのかも教えなければならないようなダメ犬、
僕以外の誰が好き好んで拾うものか。」
胸に当てていた手を、主の、柔らかな曲線を描く頬に伸ばす。
いつも、私の予想を裏切って見せた主は、またしても、私の予想の外だった。
そうして、私の心を鷲掴みにする。
「貴方のような方の執事は、私以外に勤まりはしませんよ。」
跪いた体制から伸び上がるようにして、主の唇に近付いていく。
碧い左眼、転生してからは赤味を強くしてワインレッドに染まった契約の右眼。
美しく澄んだ、主の瞳から目を離さない。
近付くほどに、主の瞳は赤味を増して、今や、本性の赤く輝く悪魔の瞳になった。
あの碧い宝石のように、赤い燐光を放つ瞳。
私が、目を逸らしつづけてきたもの。

本来の道から、ある日突然に、考えてもみなかった道へと連れ去られて、
命を終える望みさえも絶たれてしまった主。
いっそ、あのままゆらゆらと眠りの揺り籠の中にいさせれば、
主は安寧だったろうかと煩悶する日々。
無理矢理に引き戻したばかりにと、どんなに悔やんでも悔やみきれずに、
自分の思索にばかり気を取られ、主がどう思っているのか、
どう感じ、どうする気でいるのかを、考慮に入れていなかったのだった。
いつまでも過去に拘っていたのは、私。
主は、悪魔としての命を生きる事を、とうに受け入れていたのだ。
永遠とさして違わない長さの生、
飽きるほどの時間を、ずっと、私の生とリンクし続ける覚悟をして。
彼は、与えられたのではなく、選び取ったのだ。
何処へでも連れて行けとの言葉は、そういう事だったのに。
人間でも、悪魔でも、行き着く先は同じ。
その行き着く先まで、ずっと、傍らにあり続けていくという覚悟。
それを理解できなかった愚かな執事は、心を不在にした。
こんな私の帰還を、どれ程長く待っていてくれただろう。
必ず戻って来ると、殆ど確信していたに違いないと思う。
そういう人なのだ、この人は。

妖しく輝く赤い瞳の主も、美しい。
唇が触れる寸前まで、私と主は見つめ合っていた。
柔らかい感触が、唇を満足させる。
触れて、離れて、また触れて。
次第に深まるキス、高まる熱、上がる息。
主に呼吸をさせる為に、少し唇を離す。
「・・はあっ・・・。誓いの・キス・・にしては・・・激しい・・な。」
荒い呼吸から紡がれる言葉は切れ切れで、艶めかしい。
見詰めてくる潤む瞳は、私を誘う。
このまま、ここで?それとも、屋敷に戻ってから?
私は不埒な考えを巡らせる。
「坊ちゃん・・。」
引き寄せられるように再度唇への接触を求めようとすれば、
主の指先が私の唇に留まる。
「儀式は、あくまでも儀式だ。けじめはつけなければな。」
悪戯な顔は、口角を上げて笑っている。
「イエス、マイ・ロード。」
胸に手を当て頭を垂れた私だが、立ち上がりざま主の体を掬い上げた。
「うわっ!」
私が主を落としたりするはずもないのだが、主は、急な体勢の変化に驚いて、
私の頸にしがみ付きながら声を上げる。
零れんばかりに見開いた目の子供っぽさが、私を笑顔にしてしまう。
「くすっ。そんなに驚かなくても、私が坊ちゃんを抱き上げるのは、
今に始まった事ではないでしょう?」
人間であった頃の主を、数えきれないくらいに抱き上げた。
囚われるのが得意な主を助け出す為、運動が嫌いで持久力のない主と共に逃走する為、
執務室や図書室で居眠りをしてしまった主を寝室へと運ぶ為。
「忘れた、そんな昔の事。」
私の胸に顔を隠す主のその言葉は、私が、この人を一人にしていた時間の長さを物語る。
傍近くにありながら、心を寄せていなかった時間。
いや、心を寄せていなかったのではなかったが、
少し遠くから見ていたのだ。
その手に触れる事も出来ないと、勝手に遠ざかっていた私。
「もう、2度と忘れさせません、坊ちゃん。」
ミッドナイトブルーの髪に口付ける。
主は、私の懐に潜り込もうとするかのように、私の肩に額を強く押し当てた。
私の美しい宝石は、その色を変えたわけではなかった。
見え方が変わっただけ。
赤い燐光は、この世界での見え方。
それだけの事だ。

あの日、二度と戻れない一歩を踏み出した私たち。
主と、私。
与えられた一歩には、大きな抵抗を感じる事を禁じ得なかったが、
今から始まる一歩は、二人で選び取った一歩。
迷わず、戸惑わず、決して引く事無く、ただ、二人して前に進んで行くだけ。
融けそうな程に寄り添って。
永遠と殆ど同義の、長い悪魔の生を。
私たちは、互いの伴侶として生きていくのだった。



End



注釈・・ファントムハイブ家に伝わるとされるブルーダイヤ、“ホープ・ダイヤモンド”は、
        紫外線を当てると、1分以上も赤い燐光を放つのだそうです。この理由は、未だ
        に解明されてはいないそうです。ちなみに、青い色をしているのは、ダイヤが結晶する
        地底深くでは、非常に稀なことながら、不純物としてホウ酸を含むからだと書いてありました。
        さすが、伝説になる宝石だけの事はありますね。謎が多い。

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