× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
「永遠の契約を」
シエルは兎に角、機嫌が悪かった。 食事中も、執務中も常にイライラしていた。 それと言うのも常に傍に仕えている黒い執事のせいなのだが、本人は至って涼しい顔。 セバスチャンは、自分の想いを告げたのだから、不機嫌である筈がない。 一方のシエルの機嫌は、地の底を這っている黒々とした闇に包まれた様な暗いものだった。 フゥ・・・とシエルは溜息をつく。 「何で今頃あいつは・・・」そう全ては数日前のベッドの中の出来事・・・ いつもの様にセバスチャンは、全ての業務を終えたら、主のシエルの寝室に戻るのだ。 恋人の時間の為に・・・数日前の夜もいつもと変わらぬ、熱い夜・・・ 筈だった・・・ しかし、セバスチャンはいつもと違ったのだ。 自分の想いを告げる為に、シエルに告げた。 「坊ちゃん、結婚して下さい。」想いもよらぬ言葉・・・ 「はっ?」シエルは、訳が解らず、聞き返した。 「ですから、私と結婚して、永遠の契約を」「どうしてそうなる?お前は、僕との契約を終えたら、この魂を喰らい、僕の生を終わらせてくれるんだろう?それが僕達の契約だったじゃないか?何を今更・・・」「ああ、言葉が足りませんでしたね、貴女を愛しています。私が貴方の魂を喰らったとしても、貴方の全てを奪い尽くさぬ限り、貴方は死ぬ事はありません。ですから、私の伴侶としての契約を」「契約違反だ!今更そんな事言うな!チェックメイトが近いんだろう?だが、僕はお前と共に生きるつもりはないんだ・・・知ってるだろう、お前だけは、僕の全てを真実を知ってる唯一の存在なのだから・・・」シエルは泣きながらセバスチャンのシャツを掴む。 セバスチャンを愛している・・・だからこそ魂を捧げ、一つになって「人」と言う柵から逃げたかった。 しかし、セバスチャンの言う「永遠の契約」をしてまで生き続けるつもりもないシエルだった。 「嘘を吐く」事に耐えられなくなってきたから。 「申し訳ございません、坊ちゃん、貴方を苦しめてしまいました・・・それでも私は、貴方と共に生きたいのです。貴方を失いたくないから・・・悪魔のくせに愚かだとお笑い下さい。私は貴方を殺せない・・・」セバスチャンは嘘偽りのない本音を吐露した。 しかし、シエルには、受け止める事など出来はしない。 全てを終え、復讐に生き、悪魔であるセバスチャンを駒として使い、その手を血に染めたのだ。 許される事はない己の罪・・・ 犠牲を払ってまで、唯、自分のプライドを守る為の復讐に過ぎないのだ。 手を血に染めた自分が、失った大切な人を忘れ、セバスチャンと共に生きる事など出来ないのだ。 シエルもセバスチャンを愛しているから、自分に縛り付けたくないのだ。 首に鎖をつけ、拘束している今の状態から、一日も早く解放してやりたいのに、シエルの前に敵は一向に姿を現さなかった。 セバスチャンはシエルを優しく抱き締める。 「坊ちゃん、私が性急過ぎました。貴方と愛し合う毎日に浮かれ気味でした。下僕の身では、過ぎた願いかも知れません。それでも、いつか貴方が私を見て下さる事を望みます。ああ、月があんなに高い・・・お身体に障ります。お身体お清め致しましょう。」セバスチャンはシエルにフラれた事になろうとも、気にせず、執事の顔に戻り、シエルを温かい濡れタオルで清めていく。 「んっ・・・」シエルは温かいタオルで、身体を拭かせている間に眠ってしまった。 スゥスゥと寝息を立てるシエルの髪を優しく撫でながら、セバスチャンはシエルを腕に抱いたまま、シーツに潜り込む。 「人」とは違い何百年と生きてきたセバスチャンだ。 今更シエルにフラれたくらいではめげない。 それからと言うもの、セバスチャンはシエルの心変わりを期待して、彼是、シエルの心を掴む為に、猛アタックを開始したのだ。 「愛しています」と毎日囁き、使用人達と同じ部屋にいようが、隙を見て、チュッと軽くキスしてみたり・・・ 執拗な夜の情事は毎晩行われるし、シエルは些かウンザリしていた。 セバスチャンは有能だ。 見目麗しい執事だ。 自分の家に仕えていなければ、言い寄る女も数えきれないだろう。 それでも、悪魔のくせに優しいからと言って、シエルには、素直に縋る事など出来ない。 (女だったら、もっと素直になれたんだろうか・・・)セバスチャンが情報を得る為に、女を誑かせているだろう事は、皆無ではないだろう。 子供である自分を重んばかって知らせてないだけで・・・ それは嘘ではない。聞かれないから、答えないだけ・・・ ある日、女王の手紙が届く・・・ 今回の依頼は、潜入調査ではあるが、過去の事件を思い出す。 娼婦を狙った殺人事件・・・まるでマダム・レッドが引き起こしたジャック・ザ・リッパーの事件の再来の様で・・・ シエルの心に重く伸し掛かる痛み・・・ 「大丈夫ですか、坊ちゃん・・・」セバスチャンはシエルの顔色を伺う。 「ああ、大丈夫だ・・・」「そんな訳ないでしょう・・・こんなに青ざめて・・ ・ご無理なさらなくて、宜しいのですよ?この事件貴方には、荷が重過ぎます。」セバスチャンは、優しく抱き締める。 「離せ!セバスチャン」「いいえ、離しません」甘え様とはしないシエルをしっかりと胸に抱き締め、優しく頭を撫でるセバスチャン。 「僕は子供ではいられない・・・甘えてはいけないんだ・・・」シエルは消え入りそうな、か細い声で呟く。 「何故、貴方の全てを知る私にまで、強がる必要があるのですか?貴方はご自分の未来を犠牲に魂と引き換えに復讐を誓われた。でも、それが何だと言うのですか?私は貴方を愛しております。どんなに辛くとも決して立ち止まらない。茨の道であろうが、前を見て歩いていく。どれ程傷付く事があろうと、構わず突き進む・・・しかし、心は偽れない悲鳴を上げて屑折れる前に私に縋れば宜しいのです。これは、悪魔としての誘惑ではありません。貴方を一人の男として愛する私の真実の心です。貴方は信じては下さいませんでしょうが・・・」何時になく、セバスチャンの肩が震えているのに、シエルは気付く。 いつも嫌味しか言わないセバスチャンが・・・ 「セバスチャン・・・」シエルが切なくなり、セバスチャンを覗きこむ。 唇が重なり合おうとした時「坊ちゃん!」突然の侵入者。 「フィニ、何ですか?ノックもなしにいきなり・・・主の部屋には無断で入るなといつも・・・」「坊ちゃん泣いてる・・・あぁ、セバスチャンさんが虐めたんだ。もう、嫌味ばかり言うからですよ。ダメな人ですね、セバスチャンさんは・・・」フィニはセバスチャンの小言など耳に入らない。 「違うフィニ、セバスチャンが悪いのではない。マダム・レッドの事を思い出して泣いた僕を慰めていただけだ。お前が気にする事ではないぞ。」涙を滲ませながらシエルが言う。 (何時の間に僕は・・・泣いていたのだろう)シエルは気付いてなかったのだ。 マダムを殺したのはグレルだが、救えなかったのは、自分だ。 大切な肉親だったのに、「女王の番犬」である限り、罪には罰を与える。 それが正しい事か、悩む暇もないのだ。 自らが選んだ茨の道・・・セバスチャンがいてくれたから、立ち止まる事なく進んでいけたのだ。 10歳の時の契約があったから・・・ 「そうだったんですか、それじゃ僕は感違いして、セバスチャンさんに失礼しました。お取り込み中、すみませんでした。」頭を下げ、そそくさと退出する。 「お取り込み中って・・・」シエルが、セバスチャンの腕の中で、耳まで真っ赤に染まっていた。 「フィニはそう言う事には、疎いと思ったんですけどね・・・まぁ、パルドと一緒にいればね・・・」セバスチャンは溜息を付く。 「お前!気配で解っただろうが、しっかり抱き締められたとこ、見られたんだぞ(・_・;)明日、奴らに合わせる顔がない・・・」シエルは怒りやら、恥ずかしさで、フルフルと身体を震わせる。 「構わないでしょう・・・貴方との契約が今のまま完了したら、私は貴方の魂を喰らい、殺す事になる・・・どの道、使用人達とは、いつまでも一緒にいられないのですから・・・」そうもし、シエルがセバスチャンの申し出を受け入れ「永遠の契約」を交わし、結婚して「伴侶の契約」をしたなら、もう人ではいられない。 完全な悪魔でもないが、不死になるのだ。 但し、セバスチャンに「死」が訪れた時、共に死ぬ運命なのだが・・・ シエルは泣きながら想う・・・ セバスチャンと契約したから、今の自分がある。 悪魔は人を誑かし、破滅させるが、セバスチャンは自分には、嘘は吐かない。ならば共にいけるとこまで、堕ちてみようかと・・・ 「セバスチャン、本当に僕を愛しているのか?僕の全てが欲しいのか?僕は、お前好みの魂でなければ、お前に飽きられるかと思っていた。お前は僕の最後の砦。お前を奪われる訳にはいかなかった。僕は信じたくなかったんだ。同族に穢された僕を悪魔のお前が愛するなんて」「坊ちゃん、貴方の全ては既に私のモノ・・・貴方の真実を知るのも私だけでいい・・・苦しまないで、私を見て私だけを・・・」セバスチャンはシエルを優しく抱き締める。 「僕もお前を愛している。お前が飽きた時は、僕を殺してくれると約束しろ・・・でなけりゃ契約なんてしてやらん・・・」「では、私と結婚して下さると・・・」「ああ・・・」ぶっきらぼうに言うシエル。 「フフ、坊ちゃんらしい・・・では、ここに契約の証しの指輪を・・・」セバスチャンがいつの間にか取り出したサテンのケース。 中には、青いシエルの瞳の様な石と、紅いセバスチャンの瞳の様な石・・・ サファイアとルビーだった。 元は一つだったとされる二つの宝石。 ルビーはオレンジがかった濃い色で「ピジョンブラッド(鳩の血)」と呼ばれ最高級品だった。 「お前の瞳と同じ色だな」シエルは輝く宝石達を見て、嬉しそうに笑った。 本来、結婚指輪は、同じ石が通例。 しかし、二人の瞳の石をお互いが持てば、契約は強固なモノになる。 「いかにも、悪魔らしいお前の考え方だな。独占欲を露わにしたと言うか・・・」シエルは左の薬指にルビーを嵌められながら呟く。 「でしょう?これで貴方は私のモノ、では、こちらを・・・」自身の手袋を口で外し、シエルに左手を差し出す。 不器用ながらも厳粛な気持ちで、シエルはセバスチャンに指輪を嵌める。 セバスチャンの指には、スクエアカットのサファイアが、シエルには、丸みを帯びたルビーが・・・ どちらからともなく重なる唇・・・ まだ外は明るい・・・使用人達が働いている時間・・・ セバスチャンは素早く燕尾服を脱ぎ、机の上に敷くと、シエルをそのまま押し倒し、深く口づける。 器用な指先はシャツを肌蹴け、愛撫し易く、服を脱がしにかかる。 「んんっ」無駄とわかっても、シエルは抵抗する。 ズボンをズルッと下げられたら、何をされるかなんて解りきってる。 (せめて寝室で・・・)自分の頭の中など、セバスチャンに覗くのは容易いだろうと、考え訴える。 案の定「無駄ですよ、折角貴方が、プロポーズ受けて下さったのですから、今ここで抱かせて下さい。それに、私にも余裕などないのですから・・・」抵抗するシエルの手を下肢の自身に触れさせれば、ピクリと感じるシエル。 体温の低い男は、シエルを抱く時のみ、熱くなるのだ。 はぁはぁと珍しく息の上がる悪魔セバスチャン。 冷静な彼を乱すのは面白かった。 「昨日も僕を抱いたくせに・・・もう待てないのか?」「ええ、貴方が私をそうさせるのです。悪魔なのに人に弄ばれて・・・もう、一生責任取って下さいね。」「フフ、主足る者それくらい出来なくてどうする?」「もう貴方には敵いませんね」ハハハ・・・フフフ二人の笑い声が執務室に木霊する。 「あっそこやっ・・・」執拗なセバスチャンの舌がシエルの秘部を舐める。 早く、挿入したくてセバスチャンは、愛撫を省き、舐めて濡らすのだ。 まるで、犬の様に・・・ 「もう、本当に駄犬なんだから・・・お前こそちゃんと責任とれよ」 「ええ・・・マイ・ロード。貴方の全ては私のモノ・・・そして私は貴方のモノ・・・これで今日より貴方は私の伴侶です。」言葉と共に、挿入され、激しく揺さぶられる。 「ああっ・・・そんな激し・・・」息も絶え絶えのシエル。 「まだまだ、これくらいでは、全然足りません。私が飽きる程抱かせて頂きます。」「待て!僕が悪かった。焦らせたお仕置きなんだろう?せめて夜まで我慢して」「もう、待てないと言ったでしょう?存分に貴方を抱かせて頂きますよ」 ズプッ深くなる律動にシエルは、唯、悶えるだけ・・・ 「愛してますよ、マイ・ロード」セバスチャンの声が部屋に響く。 シエルは熱くなる身体に、意識を飛ばしかけ、何度も何度も、セバスチャンに翻弄されていった。 悪魔に抱かれる本当の意味を、愛される怖さを想い知ったシエルだった。 FIN はじめまして、九条静音と申します。 同人活動は20年振りくらいで、時代の流れを感じました。 麗しいシエルとセバスチャンに嵌って三年目・・・ 「結婚企画」と言う事で、参加させて頂きまして、ありがとうございました? イラストのシエルのウェディングドレスは、私が着た物の写真を元に描いてみた物です。ご覧下さいませ。 セバスチャンのタキシードは、今年1/1母になった主人の姪の夫の物を参考に描いてみました。 「永遠の契約を」セバシエの結婚話を書きたくて、書いて見たので、穴だらけ(・_・;) フィニは唯のお邪魔虫に・・・ 事件もどこいった・・・まぁ、メインはセバシエですので、お許し下さいませ・・・ 月猫様、ようとん様、ありがとうございました。 PR |
空気が澄み渡って、 シエルは朝の心地よいまどろみの中、 が期待に反して、そこには、
「私はここです」
「聞きますか?理由を--」
・・なんだろう・・
「どうせ僕が聞かない限り、 言え、どうせなら早くいえ」
・・きたぞ、『考えがあります』
「わざとらしいにも程があります。
・・よし!こっちのモードに、
シエルは背中を向けながらも、
・・なに?そう来るかっ・・
セバスチャンがいつものように、
・・ここまできて、 一体何だったんだろう・・ ・・っていうかもうすでに
・・この手は使いたくなかったが・・
セバスチャンは細く白い指で、
その姿を紅茶色の瞳で、
『私が申したかったのは』
「名前をそうして言ってくださると、
・・ちがう・・お前が燃えるのを
「何か言いたい事があるんじゃないのか?」 「ああ、愛の囁きが欲しいのですね
・・全然ちがう・・ ・・でも・・それも聞いてみたい・・
「今日はそんな体位で?」 「馬鹿か!もういい、服を着る・・」
本当にシエルが、
「諦めたんじゃなかったのか?」 「一度ついた炎は、 「責任をとれと?」 「よく分かってるじゃ有りませんか」
っていうかもうこいつも、
「また嘘ばかり」
「お聞きになりたいのですか?」 「もう、そんなこと、どうだっていい、
「いや・・全然」
「ぼっちゃんは、 「ふん!
顔だけ横に背けて、
「お聞きになればいいじゃないですか。 「自分から聞いて、
「お前相手には」
セバスチャンが、
燕尾服の肌触りのざらつきが嫌で、 胸を通して、
「ああ、
「もうどうにも、
「でも情報が、そこまでの、 「それはいずれにせよ、
ただ同時にパレート最適であるかどうかは
・・Tell me your reason ・・
その可愛らしい口から、
くすぐったくて、 そしてセバスチャンは、 ***************************
「もういい加減、
「ああ」 *************************** シエルは嫌な予感がして、
「どこが詐欺なのかわかりませんが、
「ぼっちゃんみたいな、
「なんでそう、
*************************** シエルが怪訝そうな顔をして尋ねる。 「今のは関係あるのか?」 「直接的には、ありません」 「わからなくなるから、 「御意」 ***************************
「は??」
「気に入りませんね。概念からきますか」
「されたら?」 「仮定の話は止しておきましょう。
「あーはいはい、妻です、妻です」
「それで浮気に走って?」 「誰が?」 「ここで第三者の名前が出てきたら、 「僕は一人で誰かに会っちゃいけないのか?
「①耐える
「それは、自分だけ耐えて 「ほう、なかなかに興味深い意見です。 「そこまでは言ってない。
余計傷つきますから。 「楽しくなんてない。 「ああ、もうそれ以上言わないでください。
「それは貴方のためで、別に隠れてません 「ふん」
********************** セバスチャンがシエルに尋ねる。 「ちゃんと表をつくって、
**********************
「気のせいです」 「ふん・・で?」
彼女か私かどちらか積極的に動いた方が、
どちらかが貴方を手にしたら、もう片方は
「茶々をいれないでください。 ふたりとも同じ様に貴方を追い求めると、
「ええ、それが最良の結果ですね という順番で幸福度、
彼女が積極的に動くと考えると、 どちらの方がいいかといえば、簡単ですね 先ほどの幸福度の順番からして、 そして二人とも積極的にアピールして、 お互い非積極策は取りづらくなるのです。 最悪のライバルに取られるのを恐れると、
そんな展開にはならないのですが」
「結婚生活があると言ってください、 「どっちでも同じ事だ・・」
「わかってます、単なる喩えです」 「裏切るな、絶対・・・」
ぼっちゃんは囚人のジレンマを、
裏切って自白すれば、無罪、 お互い黙秘すれば、事件の概要が分からないので微罪で済み、懲役1年。 囚人同士は隔離されていて、 ぼっちゃんならどうしますか?」
どちらの場合でも自白した方が、
「いまこの黙秘と自白を、 「裏切った方が得というのか?」
「ええ、私も貴方を裏切りはしない。
「だからと言って、
そしてさっきのミニマックス戦略、
そしてそれより優る物は、
あるあるという顔をして頷くシエルに、
「しっぺ返し戦略はその名前の通り、
「ええ。 「それが最強の戦略か?」
「ぼっちゃんはゲーム好きですからね、 「抱きたくなったとか、 「よくお分かりですね」
セバスチャンがシエルの前に立って言う。 「では実際に25回目までの表に、
シーツの上に横向きに押し付けられた
「酷い言い様ですね。
「お知りになりたいですか?本当に」 「嫌だ、聞きたくない」 耳を塞ぐ格好をするシエルに
「有り体に言えばそうなります、
「では何故しっぺ返し戦略が、
「上品で、寛容で、シンプルだからです」 「どういう意味だ?」
「自分からは裏切らないという意味で、 「ふん、なるほどな」 「基本的に悪魔は、そういったものです」 「上品で、寛容で、シンプルだと?」 「行動理論的に--という意味ですよ。 そういうプログラムに良く似ているのです 「上品なら、いますぐ抜け。まったく!」
このゲーム理論も、中心となるのは、
「ええ、端的に言えばそうです」
「最低24時間だ」 「随分厳密なのですね--」
「寛容でしょう?神よりは--。
「では上品に今日は、
「どうせ、 「酷いな・・」
「それも何か? 「ええ、まあ一応」 「どんな戦略なんだ」
そしてたとえば、浮気の例のときのように 要するに協調したのか、裏切ったのか、
「なんの効果だ? 「そんな薬があったら、 「じゃあ、お前は性欲抑制剤でも飲んどけ」
「犬か。それもお前っぽい」 「嫌いなのを知ってて--。 セバスチャンは心持眉をしかめて言う。
「パブロフ戦略とは、 「なるほど、相手の選択依存ではなく、 「ええ、ですがやはりノイズ、
セバスチャンは眼鏡に繋がった鎖を、
「ちゃんと理解できたようですね、 「さっきの紙芝居で、
一定期間ごとに、
「べつにあんなシーン見たからと言って、
「僕は実験台かっ!
「さぁ踊りにいかれたのではないですか? さっきから思うのですが、
「それは中身ではありません」 「・・
本当に、
もう一度この勉強の趣旨を言いますよ。 悪魔になられたのですから、 「ああ、そういう趣旨だったのか・・
では、 ジレンマを抱えやすいのです。 そして人間ほど、
「コインでも投げるか、
「嫌な趣味です」
******************* <完> |
それは、二人だけの秘め事。
Secret oath ガラガラと進む馬車の中、目の前の不機嫌な主人を見て、執事はため息をついた。 「・・・坊ちゃん、いつまでむくれているつもりですか?」 「別に、むくれてなんかいない」 声をかけても、返事は素っ気なくしか返ってこない。 きちんとした執事の格好で主人を見ている姿に対し、主人の方は乱暴に足を組み、窓際に寄り掛かって、そっぽ向くように外を眺めているのだ。 「お行儀悪いですよ」 「・・・誰も見ていないから良いだろう」 「私が見ています」 「お前には関係ない」 「そんな事は訊いていません」 執事の最後の一言に、主人はハッと息を呑んだ。 窓の外に向けられていた瞳は、今は執事のそれに向けられている。 「先程、教会の前を通ってから、ずっとご機嫌斜めですね」 「・・・別に」 やっと向けられた主人の視線に苦笑し、執事は話を続けた。 けれど、すぐに主人の視線は伏せられてしまう。 十分ほど前、二人の乗る馬車は教会の前を通った。 教会に大勢の人が集まっていたので、主人が何事かと執事に訊ねると、彼は結婚式ですね、と答えた。 その時からだ、主人の様子がおかしいのは。 (まったく・・・結婚式を見て機嫌を悪くするほど、微妙な年頃でもないでしょうに) 執事は主人に隠れて、再びため息をついた。 この主人は不機嫌そうにしている時に理由を訊ねても、なかなか話してくれない。 それでも態度に出すという事は、本心では理由を聞いて欲しいのだろう。しかし、訊ねてもなかなか言わないとなると、この主人の性格は、かなり意地っ張りの領域に位置する。 結局のところ、主人が折れるまで執事が訊ねる、の繰り返し。 それで主人が満足するなら、少しでも気が晴れるなら、と、執事は今日も訊ね続けるのだ。 「坊ちゃん、不機嫌そうにしている貴方もそそられますが、出来れば私は、貴方の笑顔の方を見たいです」 「な、何を言って」 ですから、そろそろ理由(わけ)を話して下さいませんか? 執事が訊ねながら席を移動し、主人の隣に腰掛けた。 突然狭められた距離にたじろいだ主人は、窓ガラスに頭をぶつけてしまった。 「ッ・・・」 「嗚呼・・・痛かったですね。大丈夫ですか?」 小さく呻いた主人の頭を撫でるついでに引き寄せ、腕の中に閉じ込める。 「・・・大丈夫」 腕の中から小さな声が返され、執事はホッと安堵した。抱き寄せた事で、更に機嫌を損ねるかと思ったのだ。 けれど主人は、執事の腕の中で、子猫のように大人しくしている。 「ねぇ、坊ちゃん。貴方が不機嫌な理由、話して下さい」 ここぞとばかりに執事が訊ねると、主人は軽く身じろいだ。どうやら、話す体制を整えているようだ。 「・・・さっき、教会で結婚式があっていただろう」 「ええ」 「僕には一生縁がないと思った。・・・ただ、それだけだ」 “一生縁がない” その言葉は氷の刃となり、執事の胸を深く貫いた。 冷たく痛む胸は、まるで悲鳴を上げているようだ。 もし、自分がただの悪魔で執事だった時なら、今の主人の言葉は、さぞ面白かっただろう。 当たり前だと切り捨て、揶揄していたかもしれない。 主人が悪魔である自分と契約した事で、その生は大人になる前に終えられる可能性が、非常に高まったのだ。 きっと、あの幼い婚約者と一緒になる事は叶わない。 けれど、今は? 今は悪魔で執事で、そして恋人なのだ。 そんな自分の前で、結婚式に一生縁がないと言われると、さすがに悪魔でも胸が痛むというもの。 そのような言葉を言わせてしまうほど、信用がないのか、とも思えてくる。 もっとも、儀式的な意味で考えると、どちらも新郎になるので、式は成立はしないだろうが。 新婦のいない結婚式など、聞いた事がない。 (・・・そういえば) ふと、大昔に聞いた話を思い出した。 主人の好む類の話ではないが、言わないよリは、少しはマシかもしれない。 執事は主人の手を取り、真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。 深い森を映した海のようなその色は、悪魔でさえも魅了する。 「坊ちゃん、こんなおとぎ話をご存知ですか?」 「おとぎ話?」 「正確に言うと、おとぎ話のような伝承・・・でしょうか」 主人は興味を抱いたようで、視線を逸らすことなく、執事を見ている。 「愛し合う二人が、どうしても結婚を許されない時、どのように誓いを立てるのか。どのように誓いの儀式を行うのか・・・。 二人が共有しているものに、誓いの口付けを贈り、愛の言葉で誓いを交わすのです」 「共有しているものとは?」 「私と貴方の場合で言うと、契約印ですね」 執事が手袋の上から、契約印のある甲を、反対の手の指でトントンと指した。 「じゃあ、僕がそこにキスをして、お前が僕の左目にキスをすれば、儀式は整うという事か?」 「そういう事になります。さすがは坊ちゃん。ご理解が早くて何よりです」 にっこり笑顔を向けると、うっすら頬を染めて唇を尖らせる。これは、照れている時に見せる、主人特有の表情だ。 「では、私から」 「は?え・・・っておい!!」 「何でしょう?」 頬を両手で包み、身を乗り出してきた執事を、主人は両腕を突っ張って止めた。 大層必死な顔の主人とは反対に、執事はキョトンと首を傾げている。 「私から、って何だ」 「もちろん、私から坊ちゃんの契約印に口付けを贈る、という意味ですが」 何かご不満でも?と訊けば、大きく頷かれた。 「僕の契約印に口付けを贈るって、それは、つまり・・・」 「つまり、結婚の儀式、という事になります」 サラリと言ってのけた執事の胸を、主人はポカポカと殴った。小さな力なので、執事には痛くも痒くもない。 「そんな事を、今この場で普通するか!?」 「今この場だから、ですよ」 猶も殴ろうとする主人の細腕を掴み、執事は真面目な顔で彼を見やった。 瞳の紅茶色の奥に、赤色がチラチラ見え隠れする。 紅茶色に赤色が入り混じるこの瞬間が、主人は好きだった。 「貴方は、結婚式というものが、自分には一生縁がないとおっしゃった。貴方を愛する私としては、そんな事を言わせたままにするなんて、出来ませんよ」 私は、悪魔で執事で、坊ちゃんの恋人ですから。 瞳は紅茶色に戻り、優しく音が紡がれ、主人の胸は甘く締め付けられてしまった。 執事の優しい音が、自分の胸の不穏な音を、絡め取ってくれている。 その和音は、とても心地良い。 「・・・この小さな馬車(はこ)の中で、二人きりの儀式というのも・・・悪くないな」 「坊ちゃん・・・」 あの光景から、やっと見られた主人の笑顔。それは、照れを含んでいるものの、嬉しそうなものに変わりはなくて。 執事は、その表情を脳裏に焼き付けようと、逸る気持ちを抑え見つめ続けた。 しばらく主人の笑顔を堪能した後、執事は彼の眼帯の紐を解いた。朝の着替えの際に自分が結んだそれを、こんなにも早く解く時が来るなど、何だかおかしな気分だった。 解けた眼帯が主人の膝に落ちるが、執事はそれを気にも留めず、主人の艶やかな前髪を梳き、隠れた左目を露わにする。 「では、坊ちゃん・・・目を閉じて」 「ん・・・」 ゆっくりと、瞼を下ろす主人。 緊張からか、瞼は少し震えており、その仕草が自分への想いだと感じた執事の胸は、愛しさで満たされてゆく。 その愛しさを、下りた瞼の上に、口付けとしてそっと落とした。 瞼が上がり、主人の契約印が見える。 「・・・今度は、僕が」 「はい、お願いします」 執事の右手が差し出され、主人がぎこちない動作で手袋を外す。 現れた手は、主人の小さく細いそれとは異なり、男らしく骨ばった大きなものだった。 爪は、悪魔の証である黒に染まっている。 主人はそっと執事の手を取り、契約印のある甲へと口付けた。 「私、セバスチャン・ミカエリスは、病める時も健やかなる時も、シエル・ファントムハイヴを愛し、他の誰にも渡さないと誓います」 執事の自己流の誓いの言葉に、主人はクスリと笑った。 (ならば僕も、自己流で返さないとな) 「僕、シエル・ファントムハイヴは、病める時も健やかなる時も、セバスチャン・ミカエリスを愛し、いつまでも僕のものである事を誓います」 主人の自己流の誓い文句に、執事もクスリと笑った。 「何ですか、それ」 「お前の方こそ」 たった今、愛の誓いを交わしたとは思えないような笑みを浮かべ、二人は笑った。 馬車は、もうまもなくファントムハイヴ邸に到着する。 「この伝承なのですが」 「?」 ひとしきり笑った後、執事がポツリと言った。 「大昔、悪魔と契約した人間がいて、その二人が恋に落ちたそうです。しかし、互いに種族が違い、相容れぬ存在・・・当然、結婚なんて出来ません。けれど、それでも二人の愛は途切れることなく続き、せめて自分たちの繋がりに誓いを立てようと、先程の儀式を行ったそうです」 「それが、この儀式の起源か?」 「そう言われています」 本当におとぎ話だな、と思う。 それでも、少なくとも自分は、この子供染みた儀式で救われた気持ちがあるのだ。その大昔の二人に、感謝したいと思う。 「その二人は、誓いの後どうなったんだ?」 「・・・最期まで、幸せに暮らしたそうです」 「そうか・・・」 ああ、またしても、彼らの運命に救われてしまった。 自分には明るい未来などないと思っていたのに、死をもたらすはずの悪魔に愛を注がれ、今はこうやって誓いを立てるまでの関係になったのだ。 例えこの生が短くとも、最期まで生きれば、幸せを感じる時間が沢山あるだろう。 (感謝する・・・) 誰かは分からないが、その二人に。 そして、目の前の悪魔に。 「僕は、お前を手放さない」 「それはそれは・・・嬉しいお言葉ですね」 執事は主人を引き寄せ、薄く色付いた唇にキスを落とした。 それは儀式を締め括る誓いの口付けとなり、二人の誓約はこれで成立。 馬車が、屋敷に到着した。 扉を開けば、二人にとって新しい世界が広がっている。 新しい、未来が。 END 【あとがき】 たまには、こんな幼稚なおとぎ話があっても良いかな~と思いまして^^; もっと可愛いお話になる予定だったのですが、何故か予想外の方向に・・・。 読んで下さり、ありがとうございました! 良野りつ |
右肩の蝶
「坊ちゃん、もうご機嫌を直しては頂けませんか?」 ベッドに腰掛けた執事が、僕を宥めすかす。 僕は、シーツにギュッとくるまり、顔を背けたまま、聞こえない振りをする。 長い溜息を吐く執事。 「貴方が、私だけのものだという事を確認するのは、いけないことですか?」 「確認とはなんだ。そもそも、僕が所有されているのか? 所有されているのは、お前じゃないのか?」 僕は、執事に訊ねる。 くすっと、執事が笑う声が耳に入る。 いつも余裕綽々なヤツの顔が、見ていなくても目に浮かぶ。 ヤツが、僕を着かえさせる為に夜着を脱がせた時、普段はしない行動をした。 白い手袋に包まれた指先で、僕の右肩を愛おしそうになぞった。 気になって、ヤツの触れたところを見た。 心臓が、大きく跳ねる。 そこには、あってはならないものがあった。 右肩に、蝶のような形の・・・赤い痣。 血管を、吹き上がるように血が駆け上って行くのが分かる。 顔面に集中していく熱さ。 耳まで赤くなっているに違いない。 ヤツの方に向き直って、声を荒げて訊ねる。 「これは何だ?!セバスチャン!」 意味ありげに笑うヤツの顔に、更に頭に血が上る。 「おまっ・・お前これは・・・!!」 分かっているが、その名詞を自分の口から言うのは、あまりに恥ずかしく絶句した。 いつの間にこんなものを付けられたのか、まったく記憶にない。 もしかしたら、僕が眠ってしまっている間につけたのだろうか。 こんな勝手な真似を許した覚えはないというのに。 「坊ちゃん、よくお似合いですよ。」 甘い声で、低く囁く。 うっとりするような響き。 ヤツは、僕を視線に捉えながら、肩の蝶を辿る。 柔らかな力加減で、楽しむようにゆっくりと。 ヤツの顔は、何処か嬉しそうに見える。 いや、確かに、ヤツは喜んでいた。 僕を包み込む視線が、甘すぎて居たたまれない。 「いつの間に、こんなものを・・!」 声を荒げてはみるものの、視線はヤツから逸れてしまう。 「昨夜は随分乱れておいででしたから、お気が付かれなかったのですね。」 「・・・!!」 僕に理解の出来ないもの、それはヤツの思考。 他に誰も聞いていないとかではなく、なんというか、 生々しい記憶が甦るのは憚られるような事を、 さらりと言葉にしてしまうコイツの感覚が、僕には分からない。 昨夜の自分の姿を思い出すと、羞恥で血が沸騰しそうだ。 僕が悪魔に転生して以来、ヤツは、僕の傍にはいなかった。 身体はここにあるのに、心は遠く、僕には、必要最低限しか手を触れなかった。 別に、触れて欲しかったという事ではないが、 意味も無く髪や頬に触れては僕をからかったヤツの薄笑いを、 懐かしいと思うほどには、見慣れていたのだと思ったのだ。 ヤツは、笑わなくなった。 事あるごとに、くすくすと気に障る笑い方をしていたくせに。 皮肉にも、嫌味にも、面白そうにも、笑いはしない。 僕にしてみれば、静かになって有り難いくらいのものだけれど、 この世界には、ヤツと二人きりなのだ。 笑う事をやめたようなヤツと死ぬまで一緒にいるのは、精神衛生上よくないし、 僕個人としても、願い下げだった。 ただ、ヤツは、もう一生笑わないようなヤツではない。 今は、笑う事を忘れているだけ。 必ず、思い出す。 人間だった頃と違い、時間は際限なく幾らでもあるのだ、 ヤツが笑い方を思い出すのを待つぐらいはしてやってもいい。 英国随一と謳われた、僕の執事の為に。 優雅な身のこなしで、僕の身の回りの世話をしているこの抜け殻に、 この何も見ていない瞳に、再び世界が映るのを、僕はここで待っていてやる。 自分の為に働いた執事には、主から、相応の報酬を与えなければならないから。 どのくらいの時間が経ったのか定かではないが、それなりに長い時間が過ぎ、 ヤツは、帰って来た。 僕を呼ぶ声の響きが変わった事で、それと分かる。 振り返って見たヤツの目には、世界がありのままの光度で映っていた。 長かった不在。 ヤツは膝を折り、僕に帰還の挨拶をする。 僕は、ヤツの頭を抱き締めて、褒めてやる。 迷子になっていた飼い犬の帰還を。 勝手に遠くまで行って、それでも、帰って来た。 もう二度と、僕から離れる事のないように、僕は呪(しゅ)を掛ける。 誓いの言葉とキスで完成するそれ。 誓約が成立すれば、ヤツは僕のもの、僕は、ヤツのもの。 融け合う距離で、僕たちは生きてゆく。 命が終わる瞬間までを、二人で。 ヤツと僕に取って、命の長さは、永遠と大差ない。 僕は、とうに覚悟を決めていた。 アロイスと、この身の内で共にいた間に。 ヤツは、この決闘に必ず勝つ。 勝負は、力が互角なら、動機付けのある方が有利だ。 ヤツは、ヤツに取って決して譲る事の出来ないものの為に闘う。 クロードが闘う理由は、ヤツのそれに比べ、動機付けとしてはいささか弱かった。 その時点で、ヤツの勝利は決まったようなもの。 それなら、僕はどう動けばよいのか。 アロイスが僕に用意した未来は、喜べるものではなかったが、逃げるのは性に合わない。 あの時、アロイスは言ったのだ。 「全員、全部、幸せだ!」 それなら、その為の答えを出さなくてはなるまい。 人を試すような事をしなければ、安心できなかった子供。 いつも、信じないところからしか物事を見る事の出来なかった子供。 セバスチャンへの復讐の為に、僕を利用しようとしたけれど、 利用されたのは、彼自身だった。 ハンナとの契約の条件は、僕を悪魔に転生させる事。 それは、復讐なのか、嫉妬なのか、あるいは謝罪のつもりなのか。 多分、そのすべての思いを詰め込んだものなのだろう。 複雑に絡まる答えのどれも、正解。 全員、全部、幸せというからには、僕にもその権利があるのだろうから、 セバスチャンにその権利があるのかどうかは知らないが、 アロイスの、精一杯の思いを汲んでやりたいと思うのだ。 僕を悪魔にとは、アロイスらしい贈り物だった。 彼等は、今生の命を失うことで幸せになった。 僕たちは、悪魔として生き続ける事で、幸せになってやる。 それで、いい筈だな、アロイス。 僕の執事は、僕の元に帰って来た。 僕は、この期を逃さず罠を仕掛ける。 ヤツが、いつものペースを取り戻してしまう前に。 ヤツが僕をからかうのを楽しみにしている事を逆手に取ってやるのだ。 まるで誓いの言葉のように聞こえると気付かずに言ってしまったと思わせ、 確かな誓いの言葉を、僕は言った。 やはり、ヤツは乗ってきた。 特別な言葉に聞こえると僕に悟らせるつもりで、誓いの言葉を言う。 老獪な悪魔は、こうして時折、僕の手中に落ちて来る。 僕は、それに満足して、頬を緩ませた。 腕の中に抱いていたヤツの頭を解放すると、 嗤うつもりでいたヤツの目が、驚きに見開かれる。 不機嫌を想定したそこには、想定外の微笑み。 僕は、くすりと笑った。 ヤツが、僕をからかっては、くすりと笑う理由が、分かった気がしたから。 誓いのキスを促せば、ヤツは、跪いた体勢から伸び上がってくる。 僕の目を、真っ直ぐに見つめながら。 僕が悪魔になった事への呵責から、目を背け続けてきた赤く輝く瞳。 今、目を逸らす事無く、見入ってくる。 ヤツの瞳に映る僕の目が、笑っている。 瞼を閉じるのと、唇の感触を感じるのは、ほぼ同時だった。 触れた唇は、柔らかく僕を食み、次第に角度を深くする。 口腔へと差し出されるヤツの舌を、 僕は受け入れる。 触れられる限りの所を、浅く深く、堪能していくヤツ。 今までの距離と時間を埋めようとしているのか。 鼓動は早くなり、呼吸は浅くなっていく。 このままでは、膝に力が入らなくなってしまいそうだ。 誓いのキスというには、少々熱が籠り過ぎていた。 唇を離したヤツの眼は、妖しげな光を宿す。 もう一度唇を寄せて来るやつを静止して、儀式としてのけじめを教える。 思うままを許してしまっては、主従とは言えなくなってしまうから。 「イエス。マイ・ロード。」 礼の姿勢を取ってそう答えたヤツだが、立ち上がり様、僕を横抱きに掬い上げた。 僕は驚いて、反射的にヤツの頸にしがみ付いた。 人間だった頃は、こうして事あるごとに抱き上げられたものだ。 しかし、悪魔に転生してからのヤツは僕から距離を取っていたし、 こんな事は無かったので、思わず声が出てしまった。 ヤツは、いつものようにくすりと笑った。 自分が僕を抱き上げるのは、今に始まった事でもないだろうと言って。 コイツは、自分がどれ程の長さ、不在にしていたのかを失念している。 そんな昔の事は忘れたと告げ、僕はヤツの胸元に顔を埋める。 ヤツの胸の広さも、匂いも、どんなに遠かったか。 忘れそうに、遠く離れていたのだ。 低めだからといって、温もりがない訳ではない。 この体温も、忘れてしまうのかと思いそうだったのだ。 ヤツの腕が力を強くして、僕をしっかりと胸に押し付ける。 この腕の、力強さ。 もっと、骨が軋むほどにと、僕は思う。 二度と忘れさせないと言って、髪に口付けたヤツ。 肩に額を強く押し当てて、僕からの赦しを示す。 嘘を禁じられているヤツがそう言うのだから、もう二度と、こんな思いはしない。 そういうところだけは、信じていいのだった。 ヤツは、僕を抱きかかえたまま、屋敷まで帰って来た。 心なしか、ヤツの鼓動が早いように感じる。 寝室のベッドに、僕を下ろす。 もう眼帯をつけることの無くなった右眼に、キスを落とされた。 眉根を寄せて、困ったような顔で微笑むヤツ。 「坊ちゃん、手加減できそうにないのですが、お許し下さいますか?」 切なく苦しげな声。 僕を真上から見下ろすヤツの頬には、漆黒の髪が掛かっている。 それを、耳に掛けてやり、そのまま後頭部に手を回して、 ゆっくりと僕の方へ引き寄せる。 鼻先が触れるくらいにまで近づけたところで、囁く。 「僕は、手加減など頼んだ覚えはないぞ。」 ヤツは一瞬、目を見開いたが、すぐに不敵に笑って見せた。 「そんな事をおっしゃって。 後悔なさっても、私の所為ではありませんからね。」 「望むところだ。」 強い眼差しでヤツを見て、くすくすと笑った。 いくら応えても、ヤツは求める事を止めない。 僕は、ヤツに求められるままに限界いっぱいまで応えては、意識を飛ばす。 欲しがるヤツに、僕の全てを与えたい。 僕もまた、ヤツを欲しているのだった。 今まで、どれだけ手加減していたのかと思う激しさが、僕を狂わせる。 声を上げ、身体を仰け反らせては果てるのだ。 何度でも。 僕の右肩に蝶がとまる瞬間に気が付かない程、溺れていた、 昨夜の僕の姿を思うと、ヤツに顔を見られるのさえ恥ずかしく、 どうしていいか分からなくなって、頭まですっぽりとシーツの中に潜り込む。 朝の支度をさせようと、ヤツが、僕にシーツの中から出て来るように促すが、 どんな顔をしていればいいと言うのか。 今まで一度も付けさせたことの無い印が、右の肩にあるのに。 恥ずかしさで体温が上がる。 声を殺していても、ヤツが笑っているのが気配で分かる。 僕は体を縮こまらせて、枕に顔を押し付けた。 ギシリと音を立てて、ベッドが沈むのを感じる。 ヤツが、シーツを被った僕の上から体重を掛けてきた。 耳の辺りに顔を寄せて来る。 「誘っていらっしゃるのですか?」 シーツ越しに、ヤツの声と息が、耳に届く。 身体がビクンと反応するのは、止められない。 すぐに言い返したいのに、言葉が出て来なかった。 一瞬遅れて、シーツを跳ね除けて飛び起きる。 「そんな訳あるか!!」 既に身体を引いて備えていたヤツが、笑っている。 静かな笑顔で。 ゆっくりと差し出される、白い手袋をした手が、僕の背中に回される。 ヤツが、大事そうに、僕を胸へと引き寄せるから、 僕は身体の力を抜いて、ヤツの肩に凭れ掛かる。 ここは、僕の場所。 「私の坊ちゃん。」 ヤツの声がくぐもって聞こえる。 「声に出して言うな、恥ずかしい。」 「そうおっしゃるから、印を付けたのですが?」 声に出すのが恥ずかしければ、印を付ければいいらしい。 僕も、こいつの右肩に赤い蝶を止まらせよう。 お前は、僕のものだと言う代わりに。 End |
「Honey」
夜桜の下、永遠の愛をお互いに誓いあった時、僕とセバスチャンの『ゲーム』は終了し た。 その後、二人の関係が変わったかというと、何も変わらなかった。 そう、僕の心以外は・・・。 セバスチャンはいつものようにシエルの好きなスイーツを作り、アフタヌーンティーの 用意を整え、執務室の扉をノックする。 「はいれ」 その言葉を待ってから、失礼致しますとセバスチャンは部屋に入ってくると、恭しく一 礼した。 「お待たせ致しました。坊ちゃん」 心なしかセバスチャンの声がはずんでいるように聞こえる。 会社の書類に目を通していたシエルは顔を上げ、茶色の瞳を細めて自分を見ているセバ スチャンに視線を向ける。 「仕事に集中していて気がつかなかったが、もうそんな時間か」 シエルは書類を机に置き、凝り固まった華奢な身体を思いっきり伸ばす。 左の薬指にちょうちょ結びされている薄紅色のリボンが、ひらひらとシエルの頭の上で 揺れている。 あの日セバスチャンに結んでもらった左手の薬指のリボンは、セバスチャンの魔力によ って、シエルとセバスチャンにしか見えないようになっている。 揺れるリボンを見て、セバスチャンは優しく微笑む。 お互いがお互いのものだという証。 「少し休憩されてはいかがですか?」 「そうだな。ちょうどきりもいいところだし・・・」 セバスチャンは執務机の上の書類を手早く片付けると、イチゴのミルフィーユ、バニラ アイスクリーム添えとシエルの大好きなミルクたっぷりのミルクティーが入ったティー カップをシエルの前に用意する。 シエルの大きな青い瞳は、セバスチャンの白絹で覆われた左手の動きをじっと見つめて いた。 手袋ごしに見ることはできないが、セバスチャンの左手の薬指にも同じ薄紅色のリボン が結ばれているはず。 それを考えると、あの時に誓った言葉が思い出され、今更ながら照れてしまう。 あの時の気持ちに偽りはない。 自分の心にあった素直な感情を言葉にしただけなのだから。 「どうしましたか、坊ちゃん。いえ、シエル」 じっと自分の左手の動きを目で追っているシエルに気付き、セバスチャンは声をかける。 (猫じゃらしを追う猫のようですね・・・) セバスチャンは内心、苦笑する。 「な、なんでもない」 慌てたように視線を逸らし、机の上のフォークをつかむと、イチゴをさし、一口で口に 入れる。 きっと、ずっとみていたことなんてセバスチャンにはわかっているはずだ。 自分の耳まで赤くなっているのではないかと思うほど、顔がほてっている。 スプーンでバニラアイスをすくい、口に入れると冷たくて、少し顔のほてりが冷めてい くように感じた。 スイーツを夢中で食べているシエルをセバスチャンは、愛おしむように見つめていた。 半年の時間をかけて、シエルの心をやっと自分に向けさせ、心を手に入れることができ た愛しい存在。 微かに薫るシエルの甘い香りに酔いそうになる自分がいる。 早く全てを自分のものにしたいと思う反面、ここで焦ったら、今までの時間が無駄にな ってしまうと不安になる自分がいる。 悪魔の自分がこの小さな恋人、妻といった方が良いのだろうか・・・(シエルはどう思 っているかわからないが)に対して、不安を感じるなんて、今までなら滑稽だと笑い飛 ばして、自分の思うままに、力でシエルの身体を支配していただろう。 「愛しい」という感情を知ってしまったからこそ、シエルの行動や言葉の1つ1つに敏 感になり、不安になったり、喜びを感じたりすることができるようになった。 この人間のような感情をセバスチャンは嫌いではなかった。 永く生きてきたセバスチャンにとって、新鮮であり、何よりも彼の嫌う退屈を感じない。 スイーツを黙々と食べているシエルだったが、内心、いつもスイーツを食べている時間 は、二人で何をしていただろうかと必死に思いだそうとしていた。 今まで、どんな会話をしていたのか全く思い出せない。 普通どおりにすればいいとわかっているのに、その『普通』が急にわからなくなってし まったのだ。 ちらりとセバスチャンに視線を向けると、にっこりと微笑んでいる。 ますます気まづい。 何か言わなければと思うが、頭の中は真っ白のまま。 一体、どうしてしまったんだろう。 「シエル、ミルクティーのおかわりはいかがですか?」 ポットを片手にセバスチャンが近づいてくる。 セバスチャンが近づいてくるとわかっただけでも、ドキドキしてしまう。 「・・・い、いらない」 シエルは自分の心の変化に気づかれたくなくて、ついそっけなく答えてしまった。 「さようでございますか」 セバスチャンは残念そうな声で言うと、ポットを台車におき、シエルに近づいてくる。 (・・・どうしたらいいんだろう) ドキドキと鼓動が早くなり、この場から逃げ出したいような気持ちにさえなってきた。 フォークを持つ手が緊張で微かに震えているのが視界に入り、フォークを机の上に置き、 セバスチャンから隠すように、机の上から自分の膝におろす。 「今日のスイーツのお味はいかがですか?」 耳元で低く囁かれ、シエルは身体をこわばらせる。 「・・・まぁまぁだな」 シエル好みの味なのに、なぜか素直に美味しいと言えない。 自分の為にセバスチャンが心をこめて作ってくれたスイーツだとわかっているのに。 「まぁまぁですか?今日のシエルは、手厳しいですね。では、もっとシエル好みのスイ ーツをディナーでは用意致しましょう」 セバスチャンはにっこりと微笑むと、シエルの白い頬に白絹の手袋に覆われた手を添え て、自分の方を向かせる。 セバスチャンの茶色の瞳の中に映っている自分が少しずつはっきりと見えてくる。 キスされると思った瞬間、自分の唇を手で隠してしまった。 「急にどうしたんですか、シエル?」 今まで何度となくキスをしているのに、こんな反応をされたことがないセバスチャンは びっくりしたようにシエルを見ている。 「な、なんでもない。・・・今は、そういう気分じゃなかっただけだ・・・」 シエルはセバスチャンの視線から逃れるように大きな青い瞳をふせる。 「・・・そうですか。何かあったのですか?」 さすがのセバスチャンもショックを受けたようで、シエルの顔をのぞきこんでくる。 本当はキスしたかったのに。 シエルはなんで、あんなことをしてしまったのだろうかと後悔していた。 「・・・何もない」 相変わらず視線を合わそうとしないシエルに、セバスチャンは違和感を覚える。 いつだって、自分の瞳を迷いのない大きな青と紫のオッドアイの瞳で見つめてくるのに。 言いようのない不安に襲われる。 やっと手に入れたシエルの心なのに。 「何もないようには、見えませんよ、シエル」 セバスチャンの瞳が茶色からあざやかな真紅へと色を変える。 シエル自身、今まで『偽りの恋人』同士だった時には、平気だったことが、今はセバス チャンの事を考えるだけで、胸がドキドキして、落ち着かなくなり、どうしていいのか 全くわからなくなる。 こんなの自分らしくないとわかっている。 今の僕ではセバスチャンに嫌われてしまうかもしれない。 自分でも気づかないうちにセバスチャンの事をこんなに好きになっていたなんて・・・。 今まで自分の気持ちに気づかないふりをしていた分、自覚してしまった想いの強さに自 分の心も頭もついていけない感じがする。 自分の今の気持ちをうまくセバスチャンに説明できる自信がない。 気まずい雰囲気にシエルは耐えられなくなり、椅子から立ち上がり、セバスチャンに背 を向け、1歩踏み出そうとした時、後ろからセバスチャンに強く抱きしめられてしまった。 「どこに行くつもりですか、シエル。やっと貴方の心が私にむいたと思ったのに、貴方 はもう心変わりですか?」 誓いあった言葉も忘れてしまったのですか?セバスチャンはシエルの耳元で、低く囁く。 片腕でシエルを抱きしめたまま、セバスチャンは口で白絹の手袋をはずし、机の上に放 り投げる。 「・・・忘れたわけじゃない」 シエルの白く細い首にセバスチャンは長い指を滑らせていく。 ひんやりとした指が動くたび、くすぐったいような、甘くしびれるような感覚に耐える ようにシエルは大きな青い瞳を強くつぶる。 目じりには、うっすらと涙がたまってくる。 「なぜ、私を避けるような態度をとるのですか?」 やっぱり気づかれていたんだ。 シエルはうつむいて、自分の左手の薬指のリボンを見つめる。 「・・・そんなつもりはなかったんだ」 今にも消えてしまいそうな声で呟く。 セバスチャンは、シエルのリボンタイをほどくと、シャツのボタンを上からいくつかは ずしていく。 突然のセバスチャンの行動に、シエルは動けずにいた。 「私がどれだけ貴方を求めているのか、わかっていないのですね」 身体をこわばらせているシエルの首に、薄い唇を近付け、軽くキスを繰り返す。 自分よりも体温の低いセバスチャンのやわらかい唇がふれるたび、その部分だけが熱く、 熱を帯びていく。 「・・・ん・・・セバ・・・ス・・・くすぐっ・・・たい・・・」 自分の身体にまわされているセバスチャンの左腕に両手でつかまる。 「本当にくすぐったいだけですか、シエル?」 シエルの首に唇を寄せたまま、セバスチャンは含みを持たせるような口調で聞く。 「・・・ん・・・」 シエルは唇をかみしめる。 セバスチャンから与えられる身体の力が抜けていくような甘い感覚。 初めてキスしたときとは、比べものにならないくらい胸がドキドキして、頭に靄がかか ってしまったように、何も考えられない。 足に力が入らなくなり、自分の身体を支えるのが、だんだん難しくなっていく。 シエルの身体からは、甘い媚薬のような香りがいっそう強く薫る。 「どうしたんですか、シエル?」 その様子を見て、意地悪そうに微笑むとセバスチャンは、シエルの眼帯のひもをほどき、 紫の右目が見えるようにする。 セバスチャンの好きな青と紫のオッドアイの瞳は固く閉じられ、目じりには、涙がにじ んでいる。 何も言おうとしない今のシエルのようであり、自分に対して心を閉ざしてしまったよう にも見える。 「・・・・・・」 どうしたら、今の自分の気持ちをセバスチャンに伝えられるんだろう。 ボーっとする頭で懸命に考えるけれど、言葉が出てこない。 「何も言わないつもりですか、シエル?」 セバスチャンは、何も言おうとしないシエルのシャツの中へと手を滑らせる。 ひんやりとしたセバスチャンの掌の感覚にシエルの身体が、さらにこわばる。 細く白い首に口づけ、そのまま舌を這わせ、セバスチャンが強く口づけるとシエルの身 体に甘い痛みが走る。 シエルの身体はすでに自分のものだとわからせるために、所有印の赤い華を咲かせる。 心にも同じように自分のものだという所有印をつけることができたら、良いのに。 強くつぶったシエルの瞳から涙がこぼれおちる。 「・・・ん・・・やぁ・・・」 シエルは身体を捩って逃げようとするが、セバスチャンの腕から逃れることができない。 「私から逃れることができると思っているのですか、シエル?悪魔の私から愛されると いうことがどういうことか、わからない貴方ではないでしょう?どれだけ、私が貴方を 愛してるのかも・・・。やっと全てが私のものになったと思ったのに、貴方は私を避け る。なぜですか?なぜ、こうも私を拒絶するのですか?私を愛していないのですか?」 いつもは憎たらしいほど余裕なセバスチャンが、シエルにすがるように強く抱きしめ、 絞り出すような声で呟く。 その声にシエルの心は、ひどく痛んだ。 はっきり今の自分の気持ちを言わないことが、セバスチャンを傷つけている。 愛しい人を傷つけているのは、自分自身。 自分が今、しなければいけないこと。 それは・・・。 シエルの身体にまわされたセバスチャンの腕から手を離し、左手の白絹の手袋をはずす とそのまま床に落とす。 自分とセバスチャンをつなぐ薬指の薄紅色のリボン。 セバスチャンの大きな左の掌に自分の小さな右の掌を重ねる。 「・・・違うんだ、セバスチャン」 ひんやりとしたセバスチャンの掌がとても心地いい。 セバスチャンは黙ったまま、シエルの次の言葉を待つ。 「・・・僕は自分の気持ちにずっと気づかないふりをしていた。でも、一度、自覚して しまった想いの強さにどうしていいのかわからなくなったんだ・・・。セバスチャンを 傷つけるつもりなんてなかったんだ。あの時、誓った言葉に偽りはない」 「証明していただけますか?」 セバスチャンは、シエルを強く抱きしめていた腕の力を緩める。 シエルは少し戸惑ったように、振り向くと、涙でうるんだ大きな青と紫のオッドアイの 瞳で、セバスチャンを見上げる。 身長の差が、今の自分とセバスチャンの心の間の壁のようでなんだか嫌だった。 シエルは、黙ったままセバスチャンの手を引っ張って、自分の椅子に座らせる。 こうすれば、セバスチャンと自分の目線が同じになる。 自分で作った壁なら、自分で壊せばいい。 シエルの行動に少し驚いたようだったが、セバスチャンはシエルがどう証明するつもり なのか興味があった。 鮮やかな真紅の瞳をじっと迷いのない大きな青と紫のオッドアイの瞳で見つめ、シエル は両手でセバスチャンの頬を包み込む。 「僕の全てはセバスチャン、お前のものだ。セバスチャンだけを心から愛している。今 も、これから先もずっと何があろうとも、僕の気持ちは変わらない」 シエルは、セバスチャンの薄い唇に自分の唇をゆっくりと重ねる。 軽く啄ばむようなキスを繰り返す。 細い腕をセバスチャンのたくましい首にまわすと、深く口づけて、セバスチャンの唇の 間から小さな舌をいれ、歯列に沿って、舌で舐め上げていく。 セバスチャンはシエルの細い腰に腕をまわし、抱き寄せると、シエルのリードで始まっ たキスの主導権を自分が奪うように、シエルの舌に自分の舌を絡ませた。 「・・・ん・・・セバ・・・ズル・・・イ・・・」 甘い吐息の合間に、シエルは抗議をするが、セバスチャンはお構いなしに、シエルの舌 先を舐めると、赤く色づいたふっくらとした唇を舌でなめる。 「ずるくないですよ。シエルが、証明してくれたので、私も証明しただけですよ」 身体の力が抜けてしまったシエルを自分の膝に横向きに座らせると、はだけているシャ ツの鎖骨の辺りに舌を這わせ、強く口づける。 「・・・あっ・・・ん・・・」 甘いしびれるような痛みがシエルを襲う。 本当は胸につけたいところだけれど、シエルの心は自分のものという証の赤い華を咲か せる。 熱で惚けた大きな青と紫のオッドアイの瞳で、シエルはセバスチャンを見上げる。 「そんな目で見ると、とまらなくなってしまいますよ、シエル」 シエルの身体からいつも以上に強く薫る甘い香りに、眩暈がしそうなのに。 「・・・とまらなくなる?」 不思議そうに聞き返すシエルに、セバスチャンはちょっと困ったような顔をする。 「それは、これから時間をかけて、教えていきますよ、ハニー」 「・・・ハニー?なんで、僕がハニーなんだ。立場的に、逆じゃないのか?」 シエルは不満そうに言う。 「そのうち理由はわかりますよ。愛しています、シエル。私たちは、夫婦になったので すから、これからは、恥ずかしがらずに自分の気持ちは素直に言ってくださいね」 白い頬にキスをすると、シエルを包みこむように抱きしめた。 「・・・な、なるべく言うようにする」 シエルは、照れたようにセバスチャンの胸元に顔をうずめ、上着をぎゅっと握る。 「なるべくではなく、絶対です。夫婦に隠しごとは禁物ですからね」 ブルネットのやわらかい髪にセバスチャンはキスをする。 「・・・わかった」 「もう一回、愛してるって言って下さい、シエル」 耳元で低く囁くと、シエルは耳を真っ赤にしている。 きっと白い頬もほんのり赤く染まっているのだろう。 セバスチャンは、自分の胸元に顔をうずめているシエルの照れた顔が手に取るようにわ かる。 さっきは、あんなにはっきりと自分の気持ちを自分にぶつけてきたのに、次の瞬間には 照れてしまい、なかなか言おうとしない。 そんな二面性がまた可愛いのだが・・・。 シエルに言ったら、怒るだろうか? 「・・・愛してる」 ぽつりとつぶやくシエル。 「できれば、私の顔を見て、言って下さい」 セバスチャンは、きっとにこやかな笑顔で言っているのだろう。 そんなの見なくても、シエルにだってわかる。 これは、何かの嫌がらせなのだろうか。 でも、今回、セバスチャンを傷つけるような態度をとってしまったのは、自分自身なの だから。 シエルはセバスチャンの上着をぎゅっと握ったまま、ゆっくり顔を上げる。 ああ、やっぱり悪魔のにこやかな笑顔だ。 シエルは、覚悟を決めると、鮮やかな真紅の瞳を大きな青と紫の大きな瞳でみつめる。 「愛してる」 「私も愛しています」 悪魔のセバスチャンに愛されている僕。 そして、その悪魔のセバスチャンを愛している僕。 二人で、愛を囁きあい、二人で微笑み合うと、蜂蜜のように甘い甘い口づけを交わす。 これが僕とセバスチャンの日常になっていくのも悪くない。 END ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 月の雫です。 「瞳の奥をのぞかせて」の続編を書いてしまいました・・・。 少しでも楽しんでいただけましたでしょうか? 読んで頂いてありがとうございます。 |